育成出身初の「交流戦MVP」獲得…西武のニュースター「長谷川信哉」が震えたCS敗退の瞬間「正直、ブーイングが起きるのではと思っていたんですが…」

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来季へ向けて

 26年シーズン、2位に終わったチームはクライマックスシリーズ(CS)に進出するも、ファーストステージで日本ハムに敗れた。試合終了後、挨拶をする監督、コーチ、選手たちに対し、レフトスタンドを埋め尽くしたライオンズファンからは「頑張れ 頑張れ ライオンズ!」とエールが送られた。

「正直、ブーイングが起きるのではと思っていました。ファンの皆さんを日本シリーズに連れて行くことができなくて、本当に申し訳ない思いでした。でも、ファンの皆さんは僕たちに温かいエールをかけてくださって……あの大きな声が、いまの自分には大きな力になって練習にも打ち込むことができています。26年シーズンは打つ方で活躍できた分、出塁率も上がったのですが、体の疲労度も上がりました。CS、日本シリーズまで見越して160試合、1試合4打席、すべて内野ゴロだとしても1塁まで全力疾走できる体力づくりを重点的にやろうと思っています」

 シーズン中のオフは、アラームをかけずに「寝られるところまで寝る」ようにしているという。寝具にもこだわり、疲れをしっかり取ることを心掛けているそうだ。食事にも気を使い、運動後は豚肉や鶏むね肉などを意識して食べるようにしているが、食事の最初は野菜や汁物を口に入れてから、というルーティンもしっかり守っている。そんな長谷川にとって、大切な人は誰かというと、元舞妓さんとして知られる……、

「僕にとって、第一のファンである母です。息子として言うのも変ですけど、子離れができていないというか(笑)。僕は京都から福井県の敦賀気比高校に行って寮生活でした。厳しい環境に自分を置きたいからそうしたのですが、年末に帰省して正月に福井に帰るとき、母は凄く寂しそうにしていて(笑)。今年も手術を受けた後、8月に京都からきてくれたのですが、本当に心配そうで……でも、心配と同時に母は、僕が“もっとできる”と思っているはずなので、来年も今年以上に活躍することを期待していると思います。来年はベルーナドームに招待してあげたいです」

 守備で一番しっくりくるのはライトだという。できればポジションを固定して、ライトでゴールデングラブ賞も獲れるようになりたいという。来シーズのその華やかなプレーと爽やかな笑顔で、多くのファンを魅了することだろう。

【前編は「交流戦MVPは『あの“交代”があったからこそ』…西武ライオンズ躍進の立役者『長谷川信哉』が明かす“意識が変わった一戦”」】

長谷川信哉(はせがわ・しんや)
2002年5月、京都府出身。福井・敦賀気比高校から2021年育成ドラフト2位で入団。22年7月支配下登録。26年シーズン最終戦の10月6日に13号本塁打を打ち、育成ドラフト出身選手のシーズン最多本塁打記録(12本)を更新。同年セ・パ交流戦MVPも、育成出身選手としては初となった。

デイリー新潮編集部

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