「サトちゃん、番組の改革、成功したね」 タモリが「笑っていいとも!」のプロデューサーを“1カ月連続でバーに呼び出した”理由

  • ブックマーク

 夕刊紙・日刊ゲンダイで数多くのインタビュー記事を執筆・担当し、現在も同紙で記事を手がけているコラムニストの峯田淳さんが第一線で活躍する有名人たちの“心の支え”になっている言葉、運命を変えた人との出会いを振り返る「人生を変えた『あの人』のひと言」。第91回はタモリさん。司会を務める番組はいずれも長寿番組、その秘訣はどこにあるのでしょうか。(文中敬称略)

乾いた感性の持ち主

 ビートたけし(79)、明石家さんま(71)ら、「お笑いBIG3」の中でもタモリ(81)はもっともつかみどころがない。真面目に論じれば論じるほど空振りする……そんな感じである。

 テレビで活躍するきっかけになった新宿の酒場「ジャックの豆の木」で赤塚不二夫、山下洋輔(84)、高平哲郎(79)らを前にやった“密室での即興芸”の話に始まり、四カ国語麻雀、坂田明(81)とのハナモゲラ語合戦……タモリには原点ともいえる、芸人でも素人でもないタレントの不思議な芸風の時代があった。ギャグ、ナンセンスなんでもあり。しかし、その後はそういった手の内を封印し、80年代に才能がテレビで一気に開花する。

「今夜は最高!」(81年~89年、日本テレビ)に始まり、「タモリ倶楽部」(82年~2023年、テレビ朝日)、「森田一義アワー 笑っていいとも!」(82年~2014年、フジテレビ)、「ミュージックステーション」(86年~、テレビ朝日)で司会やMCを務めたが、どれも長く続く番組ばかりなのはさすが。

 たけしやさんまと違って、タレントとして確たる芯がない、たとえは悪いが、ヌエのような存在としてテレビに君臨することになる。

 以下は『タモリ 芸能史上、永遠に謎の人物』(文藝別冊、河出書房新社)からタモリ像を考えてみる。

 タモリには反骨とか批判精神がないわけではない。ニューミュージック嫌いは有名で、作詞家の阿久悠との対談では「ほんと、古いですよね」と語っている。ニューミュージックに関しては武者小路実篤に代表される白樺派と同じにおいや偽善を感じ、その思想から日本は「治りかけていた」のに、と残念がっている。そして揶揄する先は「田舎者」とか「名古屋」「俗物」「インテリ」といったものに向かう。

 しかし、タモリは趣味人であり、他人に深入りせず、大橋巨泉的に言うとドライで群れない「乾いた感性」の持ち主。「オピニオン的な発言をしない」ということになる。対象的なのがたけしで、タモリによれば「ウェットですよ。浪花節的なところを大切にしている」と言う。

 以上はおそらくタモリ論などでよく語られていると思う。タモリは私生活を明かさず、インタビューなどでも本人が自らのことを語るのではなく、語り継がれる人でもある。そこで、ほんの一端かもしれないが、タモリがどんな影響を与えたのか、4人のインタビューなどを振り返りたい。

 いずれも酒絡みの話なのが面白い。

次ページ:気配りの人

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]