「サトちゃん、番組の改革、成功したね」 タモリが「笑っていいとも!」のプロデューサーを“1カ月連続でバーに呼び出した”理由
気配りの人
「オレたちひょうきん族」(フジテレビ)のひょうきんディレクターとして知られる、テレビプロデューサーの佐藤義和は、作家の松野大介が連載と「涙と笑いの酒人生」でインタビューした。
佐藤は「いいとも」のプロデューサーでもあった。前任の横澤彪から、マンネリ化していた「いいとも」を引き継いだのは87年。出演者をほとんど入れ替え、テレフォンショッキングコーナー以外の企画を一新した。「番組が続くかどうか、ある意味、賭けでした」と佐藤。
夜、佐藤が局にいるとタモリから「何してるの? ちょっと飲まない?」と電話がかかってきた。呼び出されたのは青山のバー。話があるのかと思ったが、番組のことに触れないばかりか、佐藤には話しかけもせず、ママとだけ話をしている。
それが翌日も、その翌日も……なんと1カ月、続いた。そのうち新コーナーの評判がよく、視聴率もアップ。ある日の帰り際、車に乗り込もうとしていたタモリからこう言われた。
〈サトちゃん、番組の改革、成功したね〉(前掲インタビューより)
佐藤はその一言が身に染みるほどうれしかった。
〈あとで考えると、タモリさんは信用できる人間か1カ月間ずっと観察していたみたい〉(同)
このやりとりからは意外に慎重な性格、余計なことを一切言わないタモリ像が伺える。
タモリの紳士的な面について語ったのは麻木久仁子(63)。やはり「いいとも」での話。プロデューサーらに誘われ、タモリや出演者らと懇親会が行われた。タモリに改めて挨拶をと思って、お酌をしようとした。
すると「しなくていい」と一言。麻木はその表情から〈「大人なんだから、自分のペースで飲もうよ」と(言っているように)感じました〉(同)と語った。
イラストレーターの安齋肇(72)は「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」に出演していた。遅刻癖は有名で、1度は前日に気絶するほど飲んで遅刻した。ロケ場所に行ったら誰もいなくて血の気が失せた。そのために2本撮りが次回で4本撮りになり、3、4本目の残り2本を撮るまでに時間があるので解散したが、集合時間の13時を3時(15時)と間違え、また遅刻。
温厚なタモリもさすがに怒った。
〈もし僕が2時間遅れて新宿アルタに行って、誰もいないとこで“いいとも!”って言ったらどうなる!?〉
そして続けて、
〈「安斎君! 時計持ってないんだろ!? 僕のをやるよ!」
「え? タモリさんの時計もらえるんですか?」
“ラッキー”って喜んだら、「ナニ考えてんだ!!」って〉
この、緩~い感じがなんともタモリらしくていい。
サユリストだけではなかった!?
最後は「ひょうきん族」のディレクター、三宅恵介(77)のバカバカしい話。
「いいとも」の第1回のテレフォンゲストは当時、タモリのお気に入りだった桜田淳子(68)だった。桜田も参加する飲み会があり、六本木で3次会に。みんな酔っ払っているのに、桜田は飲まずに座っていたので、タモリと三宅で盛り上げた。2人は桜田を挟んでカウンターに座り、「どちらがどれだけ淳子さんのファンか勝負しよう」となった。
結果はマルベニ堂のブロマイドなど、“淳子グッズ”をいっぱい持っていた三宅の勝ち。多趣味のタモリを「えー!?」と驚かせたそうだ。タモリはサユリストだけではなかったのは新しい発見!?
それにしても、不思議なのは「タモリ倶楽部」などの趣味的な番組が人気を博し、それが終了したと思ったら、情報系、趣味系の番組としてはもっとも正統派の「ブラタモリ」(NHK)が高視聴率を記録し、再びテレビ界の先頭を走っていることだろう。
タレントの多くは承認欲求の塊のような人ばかりで、それがうまくいかないことがほとんど。そう考えると、そこからもっとも遠い存在のタモリが受けるのは謎というか不思議な話である。酒席ではそんなタモリの素の姿を見ることができる。タモリに影響を受けた人は、説教臭くなく、どこか思いやりを感じるタモリに好感を持ったのではないか。




