重い後遺症、妻との別離、3億円御殿の売却…昭和の大スター「フランク永井」 死の淵から戻った後も続いた苦難「“息をするのも嫌だ”と言っていたことも」
3億円御殿を売り払って
高齢の姉が独りで永井の世話をするのは、やはり限界がある。
「昨年初め、ご自宅を不動産会社に約3億円で売却。ほぼ同時に、2人とも世田谷区にある完全介護の老人ホームへ移り住みました」
と、ベテラン芸能記者が教えてくれる。
「以前は、350平方メートルの土地に総ひのき造りの豪邸が建っていました。永井が人気絶頂の頃は、朝から晩まで最低でも付き人とマネジャーがそれぞれ2人常駐。レコード会社の部長クラスやその部下などがひっきりなしに出入りしていました。永井の自宅というより、さながら個人事務所のような賑わいでした」
3億円御殿を売り払ったとは、なんとも寂しい限りである。
「当初、3億5000万円で売りに出されていたものの、しばらく買い手がつきませんでした。老人ホームへの入居金は1人3000万円近く。月額の利用料金も30万円程かかります。他に資産もないし、最後は自宅を売って資金を捻出するしかなかったのでしょう」(同)
レコード会社が生活をサポート
CDなどの売り上げの他、永井の歌がテレビやラジオ、有線放送などで流れると、その都度、所謂「歌唱印税」が入る。
「そうは言っても、歌唱印税だけでは、闘病生活のすべてを賄い切れるものではありません。永井はデビュー以来、ずっと同じレコード会社に所属していた。発売したシングルは368曲、アルバムは80枚。それだけの貢献をした歌手はいない。その功績もあり、レコード会社は永井の生活をサポートしていたといいます」(同)
告別式が終わった翌日、姉の美根子さんと話した永井家の関係者がいう。
「“本当の内輪だけで、とても良い形で(永井を)見送ることができた”と言っていました。しかし、その時のお声はずいぶん疲れている様子で、“眠りたいけど、眠れない”とも仰っていました」
余りに長かった永井の闘病生活は、こうして終わりを迎えたのだった。









