新庄剛志が涙のフルスイング、中畑清は劇的ホームラン…日本シリーズで「野球の神様」に愛された男たち

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カッコ良すぎるよなあ

 日本シリーズ最終戦でチームの日本一を決定づけるダメ押しの本塁打を放ち、引退試合に花を添えたのが、巨人・中畑清である。

 1981年にキャリアハイの打率.322をマークし、リーグ優勝、日本一に貢献するなど、長年巨人の主力打者として活躍した“絶好調男”。だが、現役最終年の1989年はケガに泣き、出場49試合と出番が激減。シーズン終盤に引退を発表した。

 最後の花道となった近鉄との日本シリーズ第7戦。原辰徳の2ランで6対2とリードを広げた6回、次打者・吉村禎章の場面で、藤田元司監督が「代打・中畑」を告げる。

 指揮官から「楽しんでこいよ」と送り出された中畑は、吉井理人の2球目の直球をジャストミート。打球は左翼席に吸い込まれていった。

「こんなことってあるんだろうか。こんな土壇場でホームランなんて……。十四年目の幕引きを誰がこんなに劇的に飾ってくれたんだろう。(中略)七月に亡くなったオヤジ(辰雄さん=73歳)が、天国でこのストーリーをつくってくれたんだろうか……」(自著『これからも絶好調で』ベースボールマガジン社)

 試合は巨人が8対5で逃げ切り、3連敗からの4連勝で8年ぶりの日本一を達成した。

「カッコ良過ぎるよなあ。オレって、ホントにカッコ良過ぎる。こんな幸せな野球人生を送った選手なんてほかにいないよ。天然記念物みたいなもんだ」

 最後まで“舌好調”を貫いたのも、いかにも中畑らしい。

野球の神様が…

 日本一こそ逃したものの、シリーズ最終戦の現役最後の打席で、当時のシリーズ最年長本塁打を記録したのが、阪神・広沢克実である。

 2003年、星野仙一監督就任2年目の阪神は、18年ぶりのリーグ優勝を実現。日本シリーズではダイエーと激突した。

 すでに引退を決めていた広沢は、明大の先輩でもある星野監督から「最後にもうひと花」と期待され、第1戦、第2戦と5番で起用される。

 ところが、2試合で6打数無安打5三振と結果を残せず、代打に起用された第3戦も三振。5打席連続三振という、シリーズワーストタイ記録まで作ってしまった。

 3勝3敗で迎えた第7戦。1対6と敗色濃厚の9回2死、矢野輝弘の打席で「代打・広沢」が告げられる。引退試合を演出しようという星野監督の恩情だった。

 敵地・福岡ドームのスタンドから沸き起こる“あと1人コール”。「悔いの残らないように3回振ろう」と開き直った広沢が、和田毅の投球を捉えた。

 打球は左翼席へ。41歳6カ月で放った一発は、当時の日本シリーズ歴代最年長本塁打となった。

「“野球の神様”がいたことを感じた」

 広沢は、この一打をそう振り返っている。

 その神様については「困ったときの神頼みって言うでしょう。ああいう類のものです。誰でも経験はあると思います」とも語った。

 新庄、中畑、広沢。勝敗も立場も異なる3人だが、最後の大舞台で見せた姿には、どこか“野球の神様”の粋な計らいを感じさせるものがある。

 長い野球人生の幕を閉じる、その瞬間に訪れる思いがけないドラマ。今年の日本シリーズでも、そんな“野球の神様”の存在を感じさせる場面が見られるだろうか。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)

デイリー新潮編集部

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