「やる気!元気!」から20余年…80歳の井脇ノブ子が明かす「ピンクのスーツは“女らしさ”のためじゃない」

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「ピンクのスーツは、べつに女性らしさの演出じゃないんだよ。あれは実はね……」

 豪快な笑い声を響かせながら明かしてくれたのは、元衆議院議員の井脇ノブ子さん(80)。オールバックにピンクのスーツで拳を振り上げ、「やる気! 元気! いわき!」と叫ぶ姿は、2005年の郵政選挙で初当選した“小泉チルドレン”の中でもひときわ目立った。政界を退いて12年、現在はどうしているのか。取材の場である繁華街のカフェに現れた井脇さんは、あの頃と変わらぬピンクのスーツ姿。井脇さんが国会議員になるまでの道のりと、教育に捧げてきた人生、そして現在の暮らしを聞いた。

兄の冤罪で一家心中寸前に

 1946年生まれの井脇さんが育ったのは、大分県の海辺の町だ。漁師の家の9人きょうだいの末っ子として、幼い頃から海に潜ってアワビやサザエを採り、貧しかった家計を助けた。のちに国体に出場するほどの水泳の腕前は、この暮らしで培われたものである。そんな井脇さんが小学4年生の頃、次兄が殺人の容疑で逮捕されてしまう。

「その疑いが晴れるまで、周囲からは偏見の目で見られて、ひどい差別を受けたんだ。もともと貧しい家だし、そんな疑いの目まで向けられて、もう一家心中の寸前まで追い詰められてしまった。これはどこでも話しているけど、費用が払えなくって小学校の修学旅行に行けなかった悔しさっていうのも私の原体験だね。貧困と差別に苦しんだ幼少期の経験が、政治家を志す原点になったのだと思うよ」(井脇さん、以下同)

 水泳の実力を買われて高校へ進み、奨学金を得て、生活費も自力で工面した。そろばんは7段の腕前で、高校・大学時代には自ら塾を開いて教えていたことも。

「別府大学を卒業後、上京して拓殖大学大学院へ行った。28歳の頃には婚約者もいたんだけど、私が教育者として生きる道を理解してもらえなかったので別れちゃったよ」

 以来、髪を短くしてズボン姿で通し、生涯独身を貫いている。

 井脇さんの国政への挑戦は、実は1970年代にさかのぼる。国政選挙に何度も挑んでは敗れ、ようやく議席をつかんだのが2005年の郵政選挙だった。自民党公認で“小泉チルドレン”として大阪11区から出馬。小選挙区は次点に終わったが、比例近畿ブロックで復活当選した。59歳での初当選である。

 ピンクのスーツと独特のかけ声で一躍注目を集めたものの、2009年に落選し、2012年の再挑戦も及ばず、2014年に政界を退いた。1期4年という在職期間は、その存在感を考えると意外に思われるかもしれない。政界引退後も、教育についての講演活動を続け、災害時に医療支援を行う「病院船」の導入を提案するなど、政治や教育への関わりを続けてきた。

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