アジア大会“11歳の金メダル”で「ぷよぷよ」人気再燃…開発元の“広島の伝説的ゲーム会社”元社員は「一瞬の判断で流れが変わるので、将棋や囲碁と比較されます」
9月19日から10月4日まで開催された「愛知・名古屋アジア競技大会2026」のeスポーツ競技で、11歳の栗原悠輝選手が金メダルを獲得した。この快挙で注目されているのが、パズルゲーム「ぷよぷよ」である。1991年に誕生した「ぷよぷよ」は今や世界中にプレイヤーがいるが、開発したのは広島の「コンパイル」というゲーム会社だった。
【写真】「ぷよぷよ」開発会社「コンパイル」の社員ジャージに縫われた“漢字2文字”と“あのキャラクター”
だが、コンパイルは「ぷよぷよ」を大ヒットさせたにも関わらず経営に失敗、98年に75億円の負債を抱えて倒産してしまった。結局、経営再建もままならず2004年に破産。その後、セガが「ぷよぷよ」の権利を買い取ったため、若い世代には「ぷよぷよ」といえばセガのイメージが強く、コンパイルを知らない人も少なくないだろう。
そんなコンパイルは、個性派ぞろいのゲーム業界のなかでも、とりわけ独特な社風で知られていた。さらに、95年には「ぷよぷよ」の全国大会「全日本ぷよマスターズ大会」を東京の有明コロシアムで開催するなど、現在のeスポーツ大会を先取りしたような企画を30年以上前に手がけていたのである。【取材・文=山内貴範】(全2回のうち第1回)
時代を先取りしすぎていたコンパイル
さて、「全日本ぷよマスターズ大会」は、いわゆるゲーマーだけが楽しめる大会ではなかった。コンパイルはこの頃から「ぷよぷよ」のプレイヤーの層を拡張しようと考えていたようで、子供、さらには高齢者向けの大会まで開催していたほどである。年齢も性別も超えて楽しめるeスポーツの概念を、体現していたといえよう。
コンパイルは「ぷよぷよ」をかたどった饅頭「ぷよまん」などのお菓子を自社生産し、キャラクターグッズの専門店を広島に多数構え、宮島の厳島神社そばにも出店していた。JR広島駅にも直営店があったほどである。当時、ゲーム会社のキャラクターショップが、新幹線が発着する駅にあるケースは極めて珍しかったと思う。
97年には現地企業と合弁で韓国に「コンパイルコリア」を設立し、海外進出の第一歩を歩み出した。栗原選手がアジア大会の決勝で戦ったのは韓国のカン・ドンシン選手である。韓国には「ぷよぷよ」の強豪プレイヤーやファンが多いといわれるが、もしかすると、この時代に蒔かれた種が育った結果なのかもしれない。
なぜ、地方のゲーム会社でこうした先進的な取り組みが次々になされていたのだろうか。当時を知る元コンパイル社員にして、“最後の新入社員”の一人でもある「ゆんま」さんに話を聞いた。
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