アジア大会“11歳の金メダル”で「ぷよぷよ」人気再燃…開発元の“広島の伝説的ゲーム会社”元社員は「一瞬の判断で流れが変わるので、将棋や囲碁と比較されます」
あの有名クリエイターも影響を受けた
――説明書を読まなくてもプレーできてしまいますが、強くなるためには高い思考力や判断力を磨き上げる必要がある。この奥深さが「ぷよぷよ」の魅力なのですね。こうしたゲームシステムの基礎が90年代に完成していたということに、改めて驚かされます。
ゆんま:ゲームシステムを作り上げたのは、「ぷよぷよ」生みの親である米光一成さんです。同じ色4個でぷよが消えるというのも絶妙なバランスなんですよ。3個だとすぐ消えてしまい、連鎖が組みづらく、面白くならなかったといわれます。ぷよの色数も基本は4色で、増やしすぎてもダメ。絶妙な塩梅にしたのが、米光さんの大きな功績だと思います。
長い期間を経て、そうしたゲーム性が世界的に認められたのはとても嬉しく思います。昔から「ぷよぷよ」を知ってらっしゃる方も、子供の頃に遊んでいたゲームが国際大会のメダル正式種目競技となったことに、驚きと喜びを感じられたのではないでしょうか。
――「ぷよぷよ」に登場するキャラクターも非常に魅力的です。アルルやカーバンクルなどのキャラは二次創作の題材になるなど、ゲーマー以外にも人気がありますね。
ゆんま:おっしゃる通りで、「ぷよぷよ」が普及した大きな理由はキャラにもあると思います。まず、ぷよもカーバンクルもそうですが、メインヒロインのアルルが“手軽に描けるキャラ”なんですよ。簡単な色使いで難しい装飾がない。女の子キャラは描くのが難しいイメージがありますが、最低限の要素を知っていればアルルっぽくなるんです。
当時のゲーム好きはかなりの人が描いたであろうキャラで、実際、有名なクリエイターで「コンパイルのキャラを描いて育った」と語る人がたくさんいます。『【推しの子】』の作画で知られる横槍メンゴさんもコンパイルのキャラが好きで、影響を受けたとSNSで語っていて、胸が熱くなりました。横槍さんにはいつか、その思いをうかがいたいなと思っています(笑)。
社員とユーザーが気軽に交流できる
――その際はぜひ、「デイリー新潮」で対談形式のインタビューを企画したいですね(笑)。さて、若い世代にはコンパイルを知らない人も多いようですが、一言で言えばどんな会社だったのでしょうか。
ゆんま:消滅したゲーム会社はたくさんありますが、ダントツで、“今でも好きだ”というユーザーの数が多い会社だと思います。それは、当時から“ユーザーフレンドリー”な会社だったためでしょう。
当時、ゲーム会社では会報誌を出すのが流行っていました。コンパイルでも「コンパイルクラブ」という会報誌をゲームショップに卸していましたが、イラストなどの読者投稿に多くのページを割いていました。そして、ユーザーとコンパイル社員との接点が、他社と比べても非常に近かったのも特徴だと思います。
――それは、現在のゲームメーカーと決定的に違う要素だと思いますね。現在のゲームは匿名性が高く、絵を描いた人がわからない。ところがコンパイルは、イラストを描く社員一人一人にファンがついていたし、プログラマーの名前までファンに知られていました。
ゆんま:「コンパイルクラブ」では、絵を描いている社員や、興味を引く文章を書く社員の名前が表に出ていましたからね。さらに、ゲーム大会やイベントには、ゲームや会報誌のイラストを描いていた社員がスタッフとして動員されていたのです。
列整理の最後尾札のイラストをその場で描いたりしている社員に、ファンが「あの社員さんだ!」と喜んで駆け寄る光景がありました。イベントを通じて社員と気軽に触れ合えることも、ユーザーを惹きつけた要因だったと感じます。今は、そういった文化がゲーム業界から失われてしまったのかもしれませんね。
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