アジア大会“11歳の金メダル”で「ぷよぷよ」人気再燃…開発元の“広島の伝説的ゲーム会社”元社員は「一瞬の判断で流れが変わるので、将棋や囲碁と比較されます」

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イベントがきっかけでコンパイルに入社

――ゆんまさんも、イベント参加を通してコンパイルに関わるようになったのでしょうか。

ゆんま:そうですね。コンパイル好きのファンの一人で、初期のイベントに参加した時はまだ学生でした。当時からスタッフ不足が深刻だったようで、とある会場ではボランティアを“その場”で募集していたことがあるんですよ。令和の世なら大問題ですが、大らかな時代だったということでしょう。

 ユーザーとの距離が近いからこそ、多くのボランティアが集まりました。私も、面白そうだと参加したことを機に、コンパイルとの距離が一気に縮まりました。やがて、CSAというコンパイルをサポートする団体ができ、ボランティアスタッフとして参加するうちに、就職活動の時期がやってきたのです。

――そして、コンパイルを受けて採用されたわけですね。

ゆんま:はい。97年に採用されました。この年は1万人の応募があったと聞いています。ゲーム開発の部署を志望しましたが、過去の実績があったためなのか、営業やイベント関連の部署に配属されました。

 新入社員には、ゲームの開発に関わりたい人が圧倒的に多かったと思います。私もゲームのアイディアをいくつも持っていましたが、志望の動機は「コンパイルじゃなかったら、こんなゲームは作れないだろう」と考えていたためです。コンパイルは他社ではできないゲームを生み出す土壌があった。そうした社風に惹かれて入社する人が多かったのです。

第2回【アジア大会で話題沸騰の「ぷよぷよ」が“eスポーツ種目”に採用された必然…開発元のOBが明かす「95年開催の“ぷよマスターズ大会”には1万人が集まりましたからね」】では、「ぷよぷよ」を開発した会社の元社員・「ゆんま」さんに、引き続き、ぷよぷよの魅力、そして会社倒産についての思いなどについて伺っています。

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部

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