「たとえ息子が死に至ることがあっても、輸血は…」 「エホバの証人」トラックに轢かれた10歳の少年は、「助かるはずの命」をなぜ落としたのか 病院に駆け付けた父親の驚くべき第一声とは【1985年「輸血拒否」事件】

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 この9月に、宗教団体「エホバの証人」で“大きな動き”があったことが報じられ、話題となった。

「エホバの証人」は1870年代にアメリカで始まったキリスト教系の新宗教である。本部はニューヨークにあり、日本では1953年に宗教法人として認証された。正式名称を「ものみの塔聖書冊子協会」という。信者が駅などで「ものみの塔」「目覚めよ!」といった名の冊子を配っている姿を見たことがある向きも少なくないだろう。国内での信者数は約21万人という。

 同団体は、世俗とは相いれない厳格な倫理規範を持つことで知られるが、その最たるものが、輸血を拒否する教義を持つ点だ。「血を避けるように」という聖書の教えに基づき、信者やその家族が病院などでの治療の際、輸血を拒否して死亡する事案が相次ぎ、社会問題化してきた。離脱者を支援している弁護団が3年前に調査したところによれば、教団は信者に対して、子どもにも輸血を受けさせないよう指導し、破った場合は、断絶(破門)の対象にもなりえるという。また、18歳未満の信者の約8割が輸血拒否の意思を伝える「拒否カード」や「身元証明書」を持っていたとの結果も公表した。

 その「エホバ」が9月18日、教団HPに声明を公表。輸血に関し、赤血球や血小板、血漿、白血球の4成分に由来する血液製剤の使用については、信者が「自らの良心に基づいて判断する」との方針を示したのだ。輸血にはこうした「成分輸血」のほかに、血液中の全成分を採血し、保存液を加えた「全血製剤」を用いるケースがあるが、こちらは引き続き使用を禁じる。もっとも、日本で行われている輸血のほとんどは成分輸血であるため、今回の措置は事実上の輸血解禁に当たるとの指摘も出ている。教団、そして信者にとって大きな転換が行われたことは間違いなさそうだ。

「エホバ」の輸血拒否でもっとも知られるのが、1985年に起きた事案である。神奈川県川崎市で、10歳の少年が交通事故に遭い、病院に搬送された。手術を行う態勢が整えられたが、信者である両親が輸血を拒否。少年は亡くなった。この“事件”は当時大きな議論を呼び、顛末を描いたノンフィクション『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』(大泉実成著)は講談社ノンフィクション賞を受賞。ビートたけし主演でドラマ化もされ、文化庁芸術祭芸術作品賞を受賞するなど、大きな関心を集めた。信仰と生命というテーマの持つ重要さ、複雑性をよく表している。

「エホバの証人」信者が輸血を拒否するに当たり、信者、家族、そして医師は一体何を感じ、何に苦悩し、どのような決断を下したのか――。写真誌「FOCUS」では事案の発生当時、関係者に取材し、この事案の詳細を伝えている。以下、同記事を再録し、今回の方針変更の持つ歴史的な意味を探ってみよう。

【前後編の前編】

(「FOCUS」1985年6月21日号記事を一部編集の上、再録しました。文中の年齢、肩書き等は記事発売当時のものです)

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