「たとえ息子が死に至ることがあっても、輸血は…」 「エホバの証人」トラックに轢かれた10歳の少年は、「助かるはずの命」をなぜ落としたのか 病院に駆け付けた父親の驚くべき第一声とは【1985年「輸血拒否」事件】

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「手術をすれば90%助かる」

 両親が輸血を拒否して亡くなった10歳の少年の「お別れ会」が、「エホバの証人」たちの教会にあたる「王国会館」で行われた。祭壇も花輪も遺影もないスーパーの3Fにある会場には、賛美歌が流れ「聖書の教えを守って」亡くなった少年のために、時折、信者たちの間から拍手が起こっていた。会が終わると父親(42)と母親(37)に信者たちが駆け寄り「兄弟、頑張って下さい」と手を握りあっていたのだった。

 事件のあらましはご存じだろう。川崎市・高津区内で自転車に乗った10歳の少年がダンプカーに轢かれたのが6月6日、午後4時35分。両脚骨折、右脚は脱血状態で砕けた骨が見える状態だった。4時55分に聖マリアンナ医科大病院に運ばれ、5時30分には3000ccの輸血用血液が用意されて手術態勢完了。両親が「エホバの証人」の信者ら5~6人と駆けつける。

「すぐベッドにご両親を案内して輸血が必要なことを説明しました。しかしご両親は宗教上の理由から拒否されたんです。医師団は“手術をすれば90%助かる”と必死に説得したんですが、“3分間考えさせてくれ”と言われ、また拒絶。病院中の手のあいている医者に動員をかけて説得、交通課の警察官も立ち会って“輸血させないと殺人罪になる”と話したんですが押し問答でした。父親が本人に聞いた時には“死にたくない、生きたい”と言ったようです。8時過ぎにご両親が“息子がたとえ死に至ることがあっても……”輸血を拒否するという決意書を書いた時には、(少年は)瞳孔が開いていました。輸血を強行することも考えましたが、あの異常な状態の中ではできませんでした」(聖マ病院救命救急センター)

 9時18分少年は死亡。その時には30人余りにふえていた信者たちが両親をとりかこんで「復活して楽園に行ける」と励まし合っていたそうだ。

「私だったら黙って輸血する」

「エホバの証人」(宗教法人「ものみの塔」)は19世紀にアメリカで生まれたキリスト教の一派。日本での信者10万人。チャイムが鳴って出てみたら、子供の手を引いた女性が「エホバの証人」のパンフレットを持って「伝道」に来ていた……という経験をなさった方もあるだろう。堕胎を認めず喫煙を禁じ格闘技を拒否している。「肉をその命である血のままで、食べてはならない」と聖書にあることから輸血まで認めていないのである――。

 亡くなった少年(小学校5年生)は「ドッジボールと水泳が得意」で、勉強の方はいまひとつというごく普通の少年だった。教会の日曜学校に通っていたことは知られていたが、「エホバの証人」の信者であったことは誰も知らなかった。

「私だったらこういう場合、黙って輸血するでしょう。また、成人が自分の意志で輸血を拒んだのならともかく、子供の生きる権利を親が勝手にできるのかどうか」(国立病院医療センター医長)という疑問はぬぐえない。

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 この事件が大きな議論を呼んだのは当然だろう。1995年には「週刊新潮」(4月6日号)が、事件から10年を機に、少年の治療に当たった救急センターの当時の副センター長に改めて取材している。

 副センター長によれば、

「(病院に到着した後)最初にお父さんが口にしたのが“まだ輸血していないのでしょうね”という言葉でした」

「傷口をタオルで止めていたので出血は抑えられていましたが、手術をするときはタオルを外します。そうすると血がどんどん流れて、出血性ショックで心臓が止まってしまうんです。だからこそ私たちは輸血をしたいんだといって説得をはじめました」

「エホバには、奥さんが最初に入信したと聞いていますが、お父さんの気持ちはぐらついていたようでした。そのたびに、“5分考えさせてくれ”とか言って、奥さんや信者の方と相談するんです。7時過ぎに人工呼吸器を付けましたが、その前にお父さんが“お父さんの言うとおりでいいな”と問いかけたところ、(少年は)“うん”と言いました。その後、なかなか両親が説得に応じないので、もう一度本人の意思を確認しようということになり、呼吸器を外して意思を確認しようと、“××(=少年の名)ちゃん、生きたいだろう”と呼びかけました。(少年は)何か口を動かしたんですが、確認は取れませんでした」

 輸血拒否は果たして少年の意思であったのか。あるいは、周囲の“押しつけ”だったのか。輸血を行わなかったという決断は果たして「正解」だったのか――。

【後編】では、子どもを失った両親の“その後”について詳述する。事件後、両親の信仰への向き合い方はどのように変化していったのか。

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