58歳夫の人生に刻まれたのは、妻ではない“碧い目の女性” 合鍵を渡した奇妙な3年間…ある朝「あの女、出て行ったわよ」
エリカさんの絵を見た、翌朝…
エリカに会いたい、エリカはどこにいるんだと思いながら、彼は淡々と過ごしていた。だからこそエリカさんが来ると、彼は彼女が好きなように過ごせることを願った。
「あるときエリカがやってきて、珍しく少し饒舌に語ったんです。酔っていたみたいだけど、急に『私のスケッチブック、見た?』と言いだして。いつも机の引き出しに入っていたけど、僕は見たことがなかったんです。見たら悪いと思っていたと言うと、エリカは持ってきて見せてくれた。緻密な風景画でした。すごいと思った。写真みたいでしたが、一カ所だけ建物が歪んでいる。エリカは『これをまっすぐに描けないのが私の絵なの』と言って、ずっと絵を見つめていました。まっすぐでなくてもいいんじゃないかなと僕は素直に思ったままを口にした。するとエリカは『そうかなあ』って。いつまでも見ていましたね」
自分の描いた絵を見ているエリカさんを見ながら、景太郎さんは気持ちが穏やかになるのを感じていた。気づくと眠りに落ちていた。
翌日の朝、起きると彼女はいなかった。そしてなぜかつきあっている同い年の彼女が座っていた。
「あの女、出て行ったわよと彼女が言いました。追い出したのかと聞いたら、自分で出て行ったのよって。そのまま彼女も出て行ってしまった」
エリカさんはそれきり帰ってこなかったし、店にも現れなかった。
景太郎さんの悲しい過去
彼はやり場のない傷心を持て余した。恋人ともいえない関係だったが、エリカさんがそばにいると彼は「呼吸をするのが楽になった」という。
「なぜかはわからないんです。もちろん僕はエリカが好きだったけど、それが恋愛感情だったかどうかも今となっては定かではなくて。むしろ女性としてあまり意識しなかったから、一緒にいて楽だったのかもしれません」
実は……と彼は途切れ途切れに言葉をつなげた。
「僕は、母親からほとんどネグレクトされて育ったんです。母は3歳違いの兄ばかりかわいがって、僕にはほとんど関心を示さなかった。それに慣れていたからか、ベタベタした関係は苦手でした。当時、つきあっていた同い年の彼女もあっさりしたタイプだったけど、さすがに別の女性が僕の部屋にいたら怒りますよね……」
一度にふたりの女性に去られ、彼はふがいない自分を嗤うしかなかった。エリカさんとのつきあいともいえないつきあいは、断続的に3年近く続いていたことに、彼はようやく気づいたという。
エリカさんが姿を消したあと、景太郎さんは仕事に没頭し、やがて結婚して家庭を築いた。穏やかな妻とふたりの子どもに恵まれ、これが自分の人生なのだと思うようになっていく。
***
ところが50代半ばを過ぎたころ、景太郎さんは再び、自分でも理解できない感情に引きずり込まれていく。【記事後編】では、その後の彼の人生と、長い年月を経ても消えなかった思いについて紹介している。
[3/3ページ]

