58歳夫の人生に刻まれたのは、妻ではない“碧い目の女性” 合鍵を渡した奇妙な3年間…ある朝「あの女、出て行ったわよ」
突然の“失踪”?
彼女を守らなければと思った。あんな男たちに彼女を自由にさせてなるものかと心の奥底がいきっていた。正義のナイトのような気分だった。だがエリカさんは、彼のそんな思いなどちらりと見ようとも感じようともしなかった。
「ある日、エリカが消えました。それから2週間くらい毎日通ったけど、一度も見なかった。他のお客さんもエリカ、どうしたんだと口々に言っていたけど、店主もわからないと首を振るばかりでした」
しばらくたって、最初に彼を店に連れていってくれた同僚が「エリカ、戻ってきたらしいよ」と伝えてくれた。あわててその日の夜、行ってみると、エリカさんが以前と同じように酒を運んでいた。どこにいたんだよ、心配したよと声をかけると、フッと笑って「ありがと」と言った。
それ以上の言葉はかけてもらえなかったので、彼は深夜、店を出た。エリカが元気ならそれでいい。そんな気持ちだった。店を出て角を曲がったところで、誰かに腕をつかまれた。エリカさんだった。
「飲みに行こうよとエリカは僕の腕をつかんでどんどん歩いて行きました。彼女がふっと立ち止まったのは繁華街から離れた公園だった。彼女はブランコに乗ってゆらゆら揺れながら、バッグから缶ビールを取り出したんです」
エリカさんを自宅アパートへ…
ふたりで黙ったまま、ずっとブランコを揺らしていた。月明かりに照らされた彼女の目はますます碧色に輝いていた。
「なんで黙ってるのと彼女がふいに言いました。『気持ちがいいから』と答えると、『この空気が? それとも私といることが?』って。もちろん、きみと一緒にいることがだよと言ったら、『あんた、変わってるね』とエリカは笑い出した。彼女には、どこへ行っていたんだとか、どういう生活をしているんだとか、そういうことは何も聞けなかった。聞いたら、つまらない男だと思われるんじゃないかという危惧がありました」
どこで寝てるのと彼は聞くともなくつぶやいた。エリカさんは「泊めてくれるところ」と答え、彼はエリカさんをアパートに連れ帰った。風呂に入った彼女は、彼の気持ちを頓着することもなく、床に転がって眠りに落ちた。いったい、どこで何をしていたのかと思いながら、彼女を抱き上げてベッドに寝かせ、彼は床にマットを敷いて眠った。
「当然ながらというかなんというか、起きるとエリカはいなかった。そうなるだろうと予感はありました。ため息をついて起き上がると、彼女が帰ってきたんです。パンとかチーズとかを買ってきたと。『朝はパンでいいの?』と聞かれてうなずくと、彼女は手早くスクランブルエッグとサラダとチーズトーストを作ってくれた。それがとんでもなくおいしかったんですよ」
合鍵
エリカさんもむしゃむしゃと食べ、「ごちそうさま」と言った。そして「ごめん、床に落ちていた5000円札で買ったんだ」と白状した。前夜、スーツを脱いだときにポケットに無造作に入れていた5000円札が落ちたようだ。エリカさんはおつりをテーブルに置いた。
「その日は土曜日だったから、映画でも観に行かないかと誘ったんです。そうしたら彼女は行きたいところがあると。つきあうよと言うと画廊巡りでした。僕は画廊のことはわからないけど、彼女は熱心に見ていましたね。ただ、ときどき中に入らず外からしか見ない画廊もあった。もしかしたら彼女は、どこかの画廊の人には知られた画家だったのかもしれないとあとから思いました」
その日の夜、絵を描きたいなら道具を買えばいいよと彼は言った。ここに住んで描けばいいと。彼女は首を横に振ったが、彼がスケッチブックと色鉛筆を置いておくと気ままに絵を描いているようだった。
いつでも来ていいよと彼は、合鍵を渡した。「ありがとう」と言った彼女は、平日、ふいに来ることもあったし、1ヶ月くらい来ないこともあった。彼女のいない夜は長かった。同僚と遊びに行ったり、つきあっている彼女とたまに会ったりしても、どこか心が満たされなかった。
「もともと恋愛に溺れるタイプではないから、つきあっている彼女ともたまにしか会わない感じだったんですが、それがさらに間遠になっていました。彼女は不満があったみたいだけど何も言わなかった。僕もそれに乗じて言い訳もしなかった」
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