「会議中に失神」「歩行困難」は本当か? 「習近平」国家主席に暗雲「健康不安説」 「顔色はうす暗く、むくんでいるように…」 これまでにも2度の「脳梗塞」情報が

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初めての「失踪」

 習近平氏の体調不安説はさまざまに伝えられているが、権力を掌握して以来、10日以上も習氏の動静が報じられなかったのはこれで3回目となる。

 1回目は国家副主席だった2012年9月1日から14日までの2週間だった。当時、習氏は同年秋の党大会で次期党総書記に選出されることが確実視されていたため、次期最高指導者の「失踪」として世界中で憶測を生んだ。

 習氏はこの間、訪中していたクリントン米国務長官やパネッタ米国防長官、シンガポールのリー・シェンロン首相ら各国要人との会談を予定していたが次々とキャンセルし、中国政府も理由を一切公表しなかったため、ネットや海外メディアでは「重病説(脳卒中や心臓発作)」「水泳中の背中の負傷」「自動車事故」「暗殺未遂説」「権力闘争による失脚」など、さまざまな憶測が飛び交った。

 結局、9月15日、習氏は北京の中国農業大学を視察、その様子が報道され、14日ぶりに動静が判明。同年11月の第18回党大会で党総書記に就任している。当時の「失踪」の真相は現在も公式に説明されていない。

 失踪報道当時は、野田佳彦政権での尖閣国有化の動きを受け、北京や上海、広州、深センなど中国各地の都市で大規模なデモが発生していた。北京の日本大使館前などでは数千人~1万人規模に達し、中国全土の80都市以上に拡大したことから、筆者は北京や上海で取材をしていた。その際、習氏の「失踪」について、中国政府関係者から「脳梗塞の治療のため入院している」との情報を得ていた。「ただ、それほど重くはない。秋の党大会で総書記に就任するため、検査も兼ねた入院だ」などと明かしてくれた。この言葉を信じるならば、習氏は14年も前、まだ還暦を迎える前から脳梗塞の症状が出ていたことになる。

顔はむくんでいた

 続いて2回目の「動静不明」は、2024年7月31日から8月18日までだ。7月30日の党政治局会議に出席したあと、8月19日、北京で当時のベトナムの新指導者、トー・ラム共産党書記長・国家主席を出迎え首脳会談を行うまでの19日間の間、動静が不明だった。これについて、当時の西側外交関係者は筆者に、「夏休みを利用して、北京の病院で休養を兼ねて、脳梗塞をはじめ、全身の検査を受けていた」と明かした。

 このように、習氏は「持病」として、軽い脳梗塞を患っているとの見方が消えない。今回のニューデリーでのBRICS首脳会議でも、その症状が出た可能性がある。習氏は定期的に検査をしているとみられるが、今回の場合、激務も重なって、インドで軽い症状が出たため、帰途の専用機で同行医師団の治療を受け、北京到着後、病院に急行し、治療に専念。9月23日からのワシントン訪問に間に合わせた――そんな見立ても成り立つ。
 
 ただ、ワシントン滞在は2泊3日とはいえ、トランプ大統領との米中首脳会談では難問が山積しており、心身ともに重労働だったことは間違いない。実際、テレビ中継での習氏の表情は冴えず、顔色もうす暗く、むくんでいるように見えた。習氏は来年の党大会で、党総書記に就いて3期15年、さらに4期目の5年間を全うすれば計20年間、中国の最高指導者に君臨することになるわけだが、一層の激務が待ち受けるのは確実なだけに、4期目在任期間中、健康状態が持つかどうかに、高い関心が集まる。

相馬勝(そうま・まさる)
1956年生まれ。東京外国語大学中国語科卒。産経新聞社に入社後は主に外信部で中国報道に携わり、香港支局長も務めた。2010年に退社し、フリーのジャーナリストに。著書に『習近平の「反日」作戦』『中国共産党に消された人々』(第8回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞)など。

デイリー新潮編集部

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