押し掛けた「日本マスコミ」200人超に米紙も呆れた…92年「自衛隊PKO派遣」取材で繰り広げられた“ワイドショー演出”と“ジャパン・マネーばら撒き”
当事者の抗議に報道陣はキョトン
現場に居あわせたあるジャーナリストの話。
「渡辺さんをとり囲んで、報道陣がマイクを突きつけ、空港内の広場でインタビューに応じてもらうことになった。自衛隊の一員としてやって来た彼にとって、自分だけが取材を受けることはかなり不本意だったようです。そして質問が、カンボジアに残っている母親と弟のことに及ぶと彼の表情は険しくなり、“プライベートなことに立ち入らないで欲しい”と言ったんです。
実はさる大手紙が、再会を待つ母親のことをすでに実名で報じていたんですが、その記事について渡辺さんは、“この記事は母や弟の命にもかかわってくるんですよ”と震えながら我々に訴えたんです。一瞬、報道陣はどういう意味なのかわからず、みなキョトンとしていましたね」
まさに“平和ボケ”と言うほかない。渡辺さんの父親がポル・ポト派に殺されていることは確実視されているが、その息子が自衛隊に入ってやってくることがわかれば、当然ポル・ポトにとって好ましいことではない。同紙の編集局次長の話。
「当方としては、渡辺陸士長の日本出発前の記者会見などを踏まえて、必要な手順に従いあの記事を掲載しましたが、陸士長本人が今回の報道に戸惑いや憤りを感じているとすれば、当方にもカンボジアの国内事情に対する配慮など反省すべき点がなかったとは言い切れません」
呆れた「感動の再会シーン」
問題はそればかりではない。ある民放テレビ局は感動の再会シーンを演出するため、渡辺さんの母親を空港まで連れてきていた。現場にいた他局の報道マンが言う。
「渡辺さんはもみくちゃにされながらも、お母さんの姿が見えていたようです。しかし、駆け寄るわけにもいかず、結局、終始目も合わさず、一言も口をきかずじまいでした。実はまた他の局が、渡辺さんがPKOで派遣されることになるとは知らず、7年ぐらい前から渡辺さんのドキュメンタリーを撮っているんです。渡辺さんはあらかじめそのテレビ局に“任務で行くわけだから、ちゃんと休暇の時に会う。それまで(母親には)触れないで欲しい”と要望を伝えていた。
それをまったく知らなかったさらに別の局がお母さんを連れてきたわけで、母親の姿が視野に入った渡辺さんは心中穏やかじゃなかったようです。今では休暇の時に母親と会う場合も、マスコミのいないところで会いたいと、かなり頑なな態度に変わったと聞いています」
このワイドショー的なノリに、外国人ジャーナリストが呆れ果てたのも無理はないのである。
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「自衛隊が来ると50人ぐらいがドドーッとかけより、一斉に質問を」――第2回【国連側報道官も日本マスコミに「いい加減にしろ」と…92年「自衛隊PKO派遣」をワイドショーネタにした現地取材班の「国辱的行状」】では、“ワイドショー取材”のさらなる実例や、UNTACの報道官が激怒した一件を伝える。




