押し掛けた「日本マスコミ」200人超に米紙も呆れた…92年「自衛隊PKO派遣」取材で繰り広げられた“ワイドショー演出”と“ジャパン・マネーばら撒き”

国内 社会

  • ブックマーク

いったいお前らなにしに来たんだ

 外国の報道陣には日本のマスコミのフィーバーぶりが奇異に映ったようだ。9月27日付の米紙には「日章旗が再び海外で揚がった」と題する記事が掲載された。

〈第二次大戦後、日本の軍隊が初めて東南アジアの土を踏んだことは東京にとって大きなニュースかもしれないが、この国(カンボジア)にとっては大したニュースではないのだ〉

 と、前置きした上で、何百人もの日本の報道関係者は、派遣された兵士たちのあらゆる行動や不平を報道するためにカンボジアにやってきたのであり、事実、

〈カンボジアに派遣された自衛隊は、プノンペン国際空港で輸送機から降り立った瞬間から、その呆茫然自失した表情を、日本国内のテレビ向けに直ちに送信されたのだ〉

 と、思いっ切り揶揄している。同紙によれば、〈国連から正式に取材が許可された報道関係者500人のうち実に日本人は200人に及ぶ〉そうで、いったいお前らなにしに来たんだ――と言わんばかりの皮肉なタッチなのだ。

“ヒーロー”大好きのマスコミが殺到

 10月3日、そんな外国人ジャーナリストの目をシロクロさせる事件が起きた。

 この日、自衛隊施設大隊の第二次先遣隊がプノンペン入り。その中に、ポル・ポト時代を生き抜き、7年ぶりにカンボジアに帰ってきた渡辺史遍陸士長(27)が含まれていた。

 渡辺さんは1964年、日本人の建設技術者とカンボジア人女性の長男として生まれた。ポル・ポト時代、一家は農村に強制移住させられたが、1978年に父親はポル・ポト派による移動命令で家族と離ればなれになり、そのまま行方不明になった。

 渡辺さんはその後、タイ国境の難民キャンプに逃れて日本に渡り、今回は自らの希望で通訳として大隊に参加。“母国”の土を踏むことになったのだ。

 ドラマ仕立てのストーリーを好み、“ヒーロー”大好きの日本のマスコミが、この「美談」を見逃すはずがない。当日午前9時25分、プノンペンのポチェントン空港に渡辺さんが降り立った瞬間、数十人の道陣が殺到、渡辺さんはもみくちゃにされたのである。

次ページ:当事者の抗議に報道陣はキョトン

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。