習近平が絶対に口にしない「不都合な真実」 毛沢東は日本軍に感謝していた

国際 中国

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 9月24日、米中首脳会談の後に開かれた夕食会で、中国の周近平国家主席は、かつて中国とアメリカの人民は共に日本の軍国主義に抵抗し、戦ったという歴史観を口にした。

 中華民国も中国の一部であるという彼の認識からすれば、これは嘘ではないということになるのかもしれない。

 しかし周主席が知っていても絶対に口にしない事実がある。それは中華人民共和国の建国の父である毛沢東は、日本軍に対して感謝の念を抱いていたということだ。

 中国問題の専門家である遠藤誉氏の著書『毛沢東 日本軍と共謀した男』を読めば、「日本の軍国主義」が悪玉だとする中国共産党の歴史観は木っ端みじんに砕かれるだろう。
 
 むしろ、中国共産党が天下を取れたのは、他ならぬ「日本軍」と協力したからである、という事実が明確に浮かび上がってくるのだ(以下は、同書をもとに再構成しました)。

日本軍に情報を売っていた毛沢東

「日本軍の進攻に感謝する」──。こう明確に言い切った中国人がいる。他でもない、「建国の父」毛沢東だ。これは1956年9月4日、訪中した元日本軍中将、遠藤三郎に対して毛沢東が言った言葉だ。

 日中戦争の時期、毛沢東は「国共合作」で得た国民党の情報を日本に売り、巨額の情報提供料を得ていた。それどころか、潘漢年(はんかんねん)というスパイを通じ、日本軍に停戦を申し入れてもいる。毛沢東の基本戦略は、日本軍との戦いは蒋介石の国民党軍に任せ、温存していた力を日本軍が去った後の「国民党潰し」に使い、自分が「皇帝」になることにあったからだ。いわば、「建国の父」が自ら、人民を売っていたのである。

 毛沢東は戦後も一貫して、日本の軍人と協力しようとしていた。

 日本の敗戦後に4年間続いた国共内戦は、共産党の勝利に終わる。中国共産党は49年に中華人民共和国の建国を宣言した。とはいえ、中華人民共和国が国連に加盟するのは71年なので、それまでは「国際的に承認された中国」は中華民国(台湾)のままだった。だから、中国人の意識の中では戦後も「国共内戦」は続いていたのだ。

 当時は中共も台湾も「日本軍人の力を使って」相手を潰すことを考えており、日本の軍人は中台が奪い合う対象だったのだ。

 毛沢東は、日本の支那派遣軍総司令官だった岡村寧次大将を中国に招きたかったが、戦後に蒋介石と太いパイプを築いた岡村は「白団(パイダン)」という元日本軍人による軍事顧問団をつくって台湾を支援していたため、代わりに招聘したのが遠藤中将だった。毛沢東の「日本軍に感謝する」発言が、他ならぬ元日本軍人に対してなされたのには、そういう背景があった。

 ちなみに毛沢東は、日本軍の「侵略」という言い方は、一貫して使っていない。使っていないが、日本人の側が贖罪意識から、毛沢東の使う「進攻」という表現を「侵攻」「侵略」と言い換えている例は多々ある。

『毛沢東 日本軍と共謀した男』によると、徹底したリアリストだった毛沢東は、彼に会いに来る日本人がみな左翼で、誰もが判で押したように「謝罪」ばかり口にすることにうんざりしていたという。それもそのはずだ。彼が欲しかったのは「左翼の謝罪」ではなく、「元日本軍人の協力」だったのだから。

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