毛沢東は「南京大虐殺」とは一度も言わなかった 中国共産党に「歴史認識」を問う資格はない!

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 前回の記事でご説明したように、今の中国共産党の姿勢からは想像もつかないが、毛沢東は「反日」ではなかった。中華人民共和国は、「日本をやっつけた国民党軍をやっつけて誕生した国家」であり、毛沢東はそのことを明確に意識していた。「敵の敵」である日本は「味方」だったのだ。

 だから、国民党支配の南京で起こった「南京大虐殺」には生涯一度も触れていないし、「南京大虐殺」という表現も使ったことがない。中共が編纂した「毛沢東年譜」は6000頁以上にわたって彼の行動を日々のレベルで記した「公式資料」だが、「南京大虐殺」に関して書かれているのは、大虐殺が起きたとされる1937年12月13日に記された「南京失陥」の4文字だけだ。
 中共は当時、延安という田舎に逃げこんでおり、日本軍と正面から戦うことを避けていたから、中共にとって南京での出来事は「関係なかった」のである。

 もちろん、中共軍とて日本軍と全く戦わなかったわけではない。ただ、毛沢東が使ったとされる表現に準じれば、中共は「70%を我が党の発展のために、20%を国民党との妥協に、残りの10%のみを対日作戦のために」使った。そして、その数少ない戦闘を宣伝によってフレームアップし、あたかも国民党ではなく共産党が日本軍と正面から戦っていたように人民に信じ込ませる戦略を採用していたのだ。

 ついでに言えば、毛沢東は対日戦争勝利記念日の9月3日に、軍事パレードをやったことはない。祝うのは、国共内戦の勝利で実現した中華人民共和国の建国記念日(10月1日)だけで、国民党を含む連合国の勝利は「他人事」であると認識していた。

■「歴史認識論争」を仕掛けるべきは日本の方

 もちろん、『毛沢東 日本軍と共謀した男』の著者・遠藤誉氏がこうした資料と証拠を突きつけても、中国共産党は「毛沢東の真の姿」を否定するだろう。

 しかし、毛沢東は「人類で最も多くの人間を殺した」とも言われる男である。死者の総数は一億人との説もあるが、仮にその半分だとしても、空前絶後の規模だ。
 しかも毛沢東が人民を死に追いやったのは、戦時ではなく平時である。三反五反運動、反右派闘争、大躍進政策、文化大革命……。相次ぐ政治運動の目的はすべて、「自分の権力を高めること」にあった。そのような「中国流の帝王学」を実践した人物にとっては、敵と握って自国民を売るぐらいは朝飯前だったろう。

「歴史認識」を問うならば、日中ともに真に認識すべき点、議論の出発点とすべき点は「毛沢東は日本軍と共謀して国民党から政権を奪取した」という事実だろう。健全な日中関係を取り戻す第一歩は、まずはこの事実を日本と世界がきちんと認識することだ。それを経ずに合意した歴史認識の一致は、すべて虚構である。

 中国が抗日プロパガンダを繰り返している以上、「正しい歴史認識」を広げていく努力をすべきは日本の方である。歴史認識を外交の道具に使うなら、日本はこんな論理で攻めるのが一興かも知れない。

「あなたたち共産党が政権につけたのは、日本の軍国主義が国民党と戦ってあげたからだ。そのことを、あなたたちが崇めている『建国の父』毛沢東が認めている。
戦後日本はこれまで、戦争中の行為に対して、繰り返し謝罪の意を表明してきた。それでもまだ、『日本は中国に謝れ』というのなら、その日本軍のおかげで政権につけた中国共産党も、中国人民に謝るべきではないのか」と。

デイリー新潮編集部

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