「南海のドカベン」香川伸行さん、愛され続けた52年の生涯 「全身が愛嬌で意外と俊敏」「かわいい奴だが頑固」
52歳で急死
2014年9月26日、昭和のプロ野球を彩った選手が52歳で急死した。南海ホークス(現在の福岡ソフトバンクホークス)で活躍した捕手、香川伸行さん。漫画『ドカベン』の主人公、山田太郎を髣髴とさせる体型から「ドカベン」と呼ばれ、野球ファン以外からの認知度も高かった。南海時代のコーチで香川さんと長く交流があった藤原満さんらの証言で、広く愛された人柄と生涯を振り返る。
(以下、「週刊新潮」2014年10月9日号「墓碑銘」を再編集しました。学校名、球団名、肩書き等は掲載当時のものです)
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【写真】指導者・解説者として大人気 「ドカベン香川」と同じ“1961年生まれ”の元プロ野球選手たち
観客の気持ちを明るくする選手
体格が記憶に焼きついている野球選手は、香川伸行さん以外に例がないだろう。
1980(昭和55)年の南海ホークス入り当時、身長172センチ、体重92キロとかなり肥えて、目は優しい。浪商高等学校の時代から甲子園をわかせた。水島新司さんが描く人気野球漫画『ドカベン』の主人公、山田太郎がそのまま現れたようだった。
野球好きで知られる作家の阿部牧郎さんは振り返る。
「ドカベン香川に万雷の拍手や声援です。全身が愛嬌でしたね。観客の気持ちを明るくする。捕手の守備につき、立ちあがって投手に球を返し、再びしゃがんでミットを構えると、体が上下にゆらゆら揺れるのがわかる。野球選手らしからぬ体型ですが、案外と俊敏でした」
通算10年で714試合に出場。打率2割5分5厘、78本塁打の記録を残した。
「あんなユニークな選手はおらず、愛されました。出た腹を見るとバットを振り切れないのではと思い、力走する姿は滑稽にも感じましたが、遅いわけでもない。三塁打を放ってもいる。肩も良く、盗塁を刺しています」(野球評論家の有本義明さん)
相撲してるの、と思わず聞いた
1961(昭和36)年、徳島県生まれ。大阪西成区で育つ。父親はスーパーに勤めていた。母親が打撃練習場を手作りし、トスバッティングで鍛えた。
野球評論家の藤原満さんは、南海時代に選手やコーチとして、香川さんに長く接してきた。
「南海の子供会の集まりにゲストで行った時、初めて会いました。彼は中学生で、サインを下さい、と来たのです。いい体格で、相撲してるの、と思わず聞きました」
浪商では、牛島和彦投手(中日ドラゴンズに入団、後に横浜ベイスターズの監督)と名バッテリーを組む。1979(昭和54)年の甲子園では春に準優勝、夏には史上初の3試合連続本塁打を放った。
ドラフト2位で南海へ。肥満児でも大丈夫だと希望が持てましたと、香川さんの自宅や球団に感激や激励の手紙が殺到。コマーシャルの出演依頼も押し寄せた。
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