「お家芸のカメラすら中国に追いつかれ…」「スマホでは中国、韓国に完全敗北」 なぜ日本は「オワコン」と化したのか
「“奇人変人”が、かつての自民党を奥行きのある政党にしていた」
そういえば今年、高市早苗首相のメッセージ動画が、1億回再生という異常な数字をたたき出していた。
「これらのメディアではメッセージが短く簡潔であるほどウケがよく、主張が過激であるほど反響を得やすい。一方で、そのメッセージの下に深い思想などないことがほとんどです」(石戸氏)
政治家の劣化を象徴する、日本のポピュリズム政治の起源について、政治アナリストの伊藤惇夫氏が解説する。
「小泉純一郎政権は大きな転換点だったと思います。“複雑な政治を単純な対立構図にして見せれば支持が集まる”という手法は、今もなお影響を与え続けている。しかし、小泉政権が何を残したかといえば、格差拡大や非正規雇用を巡る問題など、負の側面が大きかったと思います」
また、政治家劣化の原因はほかにもある、と伊藤氏。
「1994年に中選挙区制が廃止され、小選挙区制になったことも大きい。中選挙区制で定数5の選挙区であれば、自民党からは3~4人の候補を立てることができました。すると一人は官僚出身、一人は世襲、そしてもう一人くらいは“奇人変人”が当選できた。実はこの“奇人変人”が、かつての自民党を奥行きのある政党にしていました」
例えば、こんな奇人だ。
「2004年に亡くなった山中貞則さんは“税制の神様”と呼ばれ、税制の知識は大蔵官僚もかなわないといわれるほどでした。金丸信さんは自民党内をまとめるだけでなく、社会党の委員長らとも個人的な信頼関係を築いていた。政策では対立しても人間同士として付き合う。これが政党にも政治そのものにも深みを与えていたと思います」(同)
「“年寄りの佃煮”みたいな状態」
強烈な個性を持つ政治家が永田町から消えるにつれ、市井にも変化が生じた。
「僕が子供の頃なんかものすごく栄えていましたよ。商店街の店内だけじゃなくて、通路のスペースを使って商売していたくらいでね」
そう話すのは、東京都北区の桐ヶ丘中央商店街近くに住む70代の男性である。最盛期には70店舗以上が軒を連ねたが、現在営業しているのはわずか数軒のみ。典型的なシャッター街だ。
10円で遊べるクレーンゲームがもの悲しいおもちゃ屋を指して、住民が続ける。
「あのおもちゃ屋さんだっていつも子供が群がっていたんだから。でも、もう住んでる人も商売してる人も高齢者ばかり。“年寄りの佃煮”みたいな状態ですよ」
1980年代に中曽根康弘首相(当時)が「大店法」の規制を緩和したことにより、地方に巨大ショッピングモールが出現。以降、シャッター街は至る所で増え続けている。
「人口の減少や高齢化を考えると、シャッター街が増えるのは不可逆的な流れでしょう」(石戸氏)
後編では、日本人女性が「割安」となり、海外から来た男性に“買われている”事実や、トクリュウ犯罪増加が示す、若者の「コスパ意識」などについて報じる。
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