「悪夢に悩まされ、幻覚、幻聴も…」宝塚のレジェンド「安奈淳」を絶望から救った恩師の言葉 “永遠のオスカル”が歌声を取り戻し、「私の天職はこれだ!」と悟るまで

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病魔と闘った後も…

 もっとも、病魔から逃れたものの、薬の副作用でか細い声しか出なくなったそうで、〈もう音楽を聴くのもつらく、二度と歌うことなどない、とそれは絶望的な気持ちになりました〉(前掲書から)。

 しかし、彼女は不死鳥のように蘇える。その時は、お世話になった先生や知人らの言葉を思い出したという。

 落ち込んだ時は、演出家で恩師でもある鴨川清作の「どん底まで落ちたら、あとは上がるしかない」という言葉だった。宝塚の理事長だった劇作家・植田紳爾の「生きているのではなく生かされているのだ」という言葉も胸に刻んだ。

 それから友人の知り合いだという、バレエダンサーの首藤康之が雑誌で語った言葉は安奈の今に至る活動を大きく後押ししてくれた。それは「自分で始めなければ何も始まらない」。

〈それからです。「これはじっとしてはいられない」と、コンサートを企画して準備を始めました。おかげさまでいろんな方たちのお力を得て、約1年間の準備の末、コンサートに漕ぎつけました。もう背水の陣でした。お客様、来てくださるかしら、不安で不安で、もうこれで死んでも本望、とばかりに頑張りました〉(同前)

 古巣の宝塚バウホールや東京・天王洲アイルのアートスフィア……。そして2019年には古希になって初めて、銀座ヤマハホールで自分で企画したコンサートを周囲の協力で開催した。インタビューから。

〈コンサートには思いのほかお客さんがたくさん来てくださった。蘇りファンがワラワラ出てきて(笑)…ステージに立った時に、ワーッという歓声が上がりました…熱気を全身に浴びたら高揚感でいっぱいになり、テンションは最高潮に〉

 宝塚バウホールなどのコンサートでの、震えるような感動もこう語っている。

〈頭の中はカーッ、そして最後に涙がドドーッと。
「神様、ありがとうございます。私は生き返りました」と叫びそうな感動だったのです。
そして、「私の天職はこれだ!」とやっと悟った〉(同前)

オーラは健在

 安奈は今年8月、月組男役のトップだった後輩の剣幸、俳優で演出指導の講師などを務める山口正義と、一夜のコンサートを新宿区内で開いた。集まったのは、ベルばら以来、ずっと安奈淳らを支えてきた熱烈なファンたち。来年で傘寿とは思えない声量と、スターでしか出し得ないキラキラのオーラは健在だった。

 終了後、会場の出口で、もう一目見たいという出待ちのファンが溢れていたのも、往年のベルばら時代と変わらない光景だったのではないか。

 いい時ばかりではない人生では、苦難に直面した時に何をどう考えて、どう乗り越えるか。安奈淳はそれを教えてくれていると思う。

峯田淳/コラムニスト
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デイリー新潮編集部

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