実用化まで「あと2年」か「遅ければ5~10年」か……中国フィジカルAI界「二人の王」の“論争”の背景にある身も蓋もない事情
100メートルを8秒64で走り抜ける――。中国・北京で開かれた人型ロボット運動会の光景を見て、フィジカルAIの時代がついにやってきたように思えたが、開発の先端を走る中国ではその実用化がいつ可能なのかが議論になっている。しかし、そのAI戦略にはある死角が存在していて――。ジャーナリストの高口康太氏が中国のフィジカルAIの現在地をレポートする。
〈2026年9月14日に「新潮QUE」で配信した記事をもとに再構成しました〉
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ロボットが走り、殴り、跳ぶ。2026年の中国では、そんな動画が毎月のように流れてきた。4月のロボットマラソン、7月のロボット格闘リーグ、そして8月のロボット運動会と、ロボット関連の大型イベントが目白押しだったのだ。一昔前にはマンガの中の世界でしかありえなかった光景が次々と現実のものとなっている。
フィジカルAI(人工知能)、すなわちロボットなどを通じて物理世界に関与できるAIという分野でも中国が相当な技術を手にしていることは明らかだ。
だが、ロボットの時代を実現するためには、まだ越えなければならないハードルが多い。一番の問題とされているのはロボットの大脳に相当するAIの開発だ。この件について、中国では「ロボットのChatGPTモーメントがいつ到来するか?」という議論が交わされている。
ChatGPTが出現したのは2022年末だが、基礎技術の確立はもっと早い。LLM(大規模言語モデル)の研究史でよく参照されるアテンション論文は2014年に発表された。アテンションとは、文章の中でどの単語とどの単語が関係しているのかを、AIが重みづけして見る仕組みだ。
Googleの研究者らが発表したニューラルネットワークのアーキテクチャ(基本設計)「Transformer」は2017年に誕生している。さらに2020年には、モデルの規模、学習データ量、計算量を増やせば、性能がかなり予測可能な形で伸びるというスケーリング則が示された。こうした技術を使えばAIが会話らしきものをこなせることはわかっていたのだが、それが人々を驚かせ実際に役立つ技術と認識されるようになるまでには時間がかかった。
ロボットのChatGPTモーメントとは、すなわちいつ実用的になるか、あるいは実用的と認識されるかを意味している。
二人の王の温度差
中国A株市場で人型ロボット企業として初の上場を果たした宇樹科技(ユニツリー)の創業者、王興興(ワン・シンシン)は8月20日、北京で開催された2026年世界ロボット大会の壇上で、ロボットが見知らぬ環境で音声やテキスト指令だけで日常業務の8割をこなせるようになれば、ロボット産業は大きな転換を迎えると指摘した。
問題は能力獲得までのタイムスパンだ。「早ければ2~3年、遅ければ5~10年」、それが王興興の予測だった。
同日、人型ロボット企業ガルボット(北京銀河通用機器人)の共同創業者・王鶴(ワン・フー)は中国メディアのインタビューに、「あと2年、2028年にはChatGPTモーメントを迎える」と豪語した。
王鶴の定義するChatGPTモーメントとは、一般の人が誰でもできる作業を、ロボットが成功率70~80%で実行できること、そして簡単な追加学習によってロボットの作業の成功率を100%に引き上げられることだという。
二人の王の論争を、他のロボット企業経営者はどう見ているのか。中国紙『21世紀経済報道』によると、王興興の見立てに同意する声もあったが、業界内には彼の予測を保守的、あるいは悲観的と見る声もあるという。
明略科技(マイニングランプ)の呉明輝(ウー・ミンフイ)や奥比中光(オルベック)の黄源浩(ホワン・ユエンハオ)は「もう1~2年でChatGPTモーメントに達する」と楽観論を展開した。星海図(ギャラクシアAI)の高継揚(ガオ・ジーヤン)は「ロボットの進化はまず工場や倉庫など、一般の目につかないところで静かに進展している」とし、「ChatGPTモーメント」というわかりやすい転換点はないとの見立てを示した。
多数決ならば楽観派が優勢だ。ただ、ついついうがった見方をしたくなってしまう。ロボット・スタートアップは「労働できるロボットがまもなく誕生」というナラティブ(物語)に依拠して投資家から資金を調達しており、まだまだ先といった瞬間に企業価値は毀損してしまう。一方のユニツリーはすでに上場を果たしており、ナラティブよりも業績で株価が決まるようになった。技術的判断ではなく、立場の違いが異なる見方につながったのではないか、と。
もっとも楽観派をたんなるほら吹き扱いしているわけではない。筆者は王鶴を直接取材した経験があるが、北京大学の研究者でもある同氏はきわめて知的で、誠実な語り口が印象的だった。
王鶴はニュースサイト『央広網』のインタビューで、ChatGPTモーメント到達へのアプローチをこう語っている。
「ガルボットは2028年までに、訓練データ規模を現在保有する100万時間から1000万時間へ拡大する計画だ」
LLMがスケーリング則に従って発展してきたように、ロボットのAIもまたデータ量の拡大によって性能を上げられるとの見解だ。
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「新潮QUE」にて公開中の関連記事【ロボットのChatGPTモーメントはいつか――中国「フィジカルAI」戦略の死角】では、中国のAI開発における強みと弱みについて企業トップらの発言や報告書の内容からさらに分析している。


