「オール沖縄」は役目を終えた…「高市が悪い」だけでは説明できない沖縄県知事選の完敗 “人のせいにできない”時代に「古謝玄太氏」は県政を牽引できるか

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残された論点

 最後に、得票数では埋もれてしまった論点をひとつ拾っておきたい。IT会社社長として選挙に挑戦した兼島俊氏は、議員の公約達成率や地域ごとの投票率を可視化するスマートフォン向けシステム「地声」を県内41市町村に導入し、地元の声を県政に反映させると訴えた。得票は4657票、率にして0.65%にとどまった。今回の結果を説明する要因としては数えるに値しない。

 だが、提起された問いそのものは残る。本稿で見てきたのは、「オール沖縄」という民意の回路が12年かけて機能を失っていく過程であり、それに代わって選挙戦の言説を主導したのが、県外発信が大半を占めるSNSの情報空間だったという事実である。旧来の回路は目詰まりを起こし、新しい回路は県民の熟議の場としては機能していない。ならば、県民の声を県政に接続する回路を、これからどう設計し直すのか。兼島氏が提起したのは、まさにこの問題だった。

 直接民主制の美点をデジタル技術で汲み上げるという発想自体は、けっして目新しいものではない。難しいのは、それを現行の代議制のどこに、どう接続するかである。可視化された「声」を県政が参照する義務はどこまで負うのか。数の多寡がそのまま優先順位になってよいのか。組織的に声を大きくできる者が有利になる構造を、どう防ぐのか。これらに答えが出ない限り、「目安箱」は単なる意見箱に終わる。だが、答えが出ないから問う必要がないということにはならない。むしろ、オール沖縄という回路が役目を終えた今こそ、この設計問題は正面から論じられるべきだろう。

もう誰も「人のせい」にできない

 冒頭に記した安堵と不安のうち、不安の方について書いておきたい。

 オール沖縄の側の人々は、都合の悪いことが起こると、「政府が悪い」「自民党が悪い」「アメリカが悪い」と人のせいにすることができた(ホントにその通りであることもあった)。その「人のせい論法」が、今後「古謝が悪い」「高市が悪い」に変貌することは間違いない。彼らは通例、自分の「正義」を信じてやまない。玉城デニー氏が落選の弁で語ったように「(古謝氏を選んだ)民意は尊重する」などと考える人たちは少数派だ。

 が、古謝玄太新知事を支持した保守側・保守寄りの人々も問題を抱えることになるだろう。従来は、「オール沖縄が悪い」「デニーが悪い」「左翼が悪い」で済ませてきた問題が、もう人のせいにはできない。まさに「本当の自己責任」が問われる時代に入ったのである。こうした局面に入ると、自己反省のかけらもない(自分で責任を取ろうとしない)傲慢な政治家や官僚、経済人が生まれる確率がどうしても高くなる。要するに「居直り」によって、問題を素通りしようとする人々である。

 当選してもなお謙虚な姿勢を見せる古謝氏は、「人のせい論法」や「居直り」に頼ることはなかろうが、古謝氏を支援してきた自民党などの保守系政治家は油断ならない。今回の選挙が沖縄にとって本当の画期となるかどうかは、選挙結果そのものではなく、ここから先の数年が決めることになる。願わくば古謝氏を支援してきた政治家が謙虚であらんことを、と思うが、先行きを考えると、沖縄は問題だらけだ。筆者の本音は「沖縄にはもう関わりたくない」だが、それが許されるかどうか……。

 第1回【【決定版】「オール沖縄」はなぜ完敗したのか…保革連合からの変質、“辺野古転覆事故”の影響だけではない「玉城デニー」が敗れた“不都合な真実”】では、歴史的な“完敗”の背景を詳細に報じている。

篠原 章(しのはらあきら)
批評家。1956年山梨県生まれ。経済学博士(成城大学)。大学教員を経て評論活動に入る。主なフィールドは音楽文化、沖縄、社会経済一般で、著書に『日本ロック雑誌クロニクル』、『沖縄の不都合な真実』(大久保潤との共著)、『外連の島・沖縄』などがある。

デイリー新潮編集部

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