怒涛の展開も歴史の改変もない 朝ドラ「風、薫る」が華美を排して証明してみせたこと

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「文字」で見せた

 朝ドラことNHK連続テレビ小説「風、薫る」は25日に最終回を迎える。残すところ10日あまり。どこにたどり着き、何を残すのか。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

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 最近の「風、薫る」は、2つの文字が深く心に響いた。どちらも長い物語の幕切れが近づいてきたことを匂わせるエピソードの中で出てきた。

 まず、栃木県那須地方にいた奥田貞(根岸季衣)が、東京にいる孫の一ノ瀬環(瀧七海)に宛てて書いた手紙の文字である。全130回の作品の第118回に登場した。

「たまき。いまでもときおり。ちさなころノ。たまきこと。おもいだします。じよがツこはたのしですか。おともだちは。できますたか。」

 拙い文字だったが、それでも貞の思いは文字の端々からあふれていた。かつて義娘・りん(見上愛)が気に入らないから、その娘である環にも冷淡に振る舞っていたが、本当は愛おしくてたまらなかったのだ。

 ちなみに貞の手紙が見る側の胸を打ったのは、那須地方編での根岸の演技の精度が高く、幼い環と打ち解けない貞の姿が脳裏に残っていたからだ。手紙が狙い通りの効果をもたらした。

 りんは環の父親・奥田亀吉(三浦貴大)と、価値観の違いから衝突し、別れた。1886年(明19)、第19回だった。直後、りんと環は身一つで逃げるように上京する。環はまだ3歳だった。

 物語は現在、1899年(明治32)だから、13年が過ぎた。環は16歳前後になった。貞は他界している。手紙を東京に持参したのは亀吉だった。

 亀吉は同じ第118回で環に対し、「わがままに生きろよ」と、ぶっきらぼうな栃木弁で伝えた。女学校に行くことに猛反対していたが、物分かりのいい父親へと様変わりした。

 亀吉はりんには第119回で、こう声を掛けた。

「ばあさん言ってたわ。環のこれからが楽しみだって。『うちん孫は、日本一の看護婦の娘だ』って」

 不器用な男だから言葉にはできなかったが、亀吉もりんが看護婦であることを誇りに思っているから、こう言ったのである。かつての家族はひとまず和解した。

 以前の亀吉が「女は嫁ぐのが一番」という信念を抱いていたため、りんは環の将来を案じ、那須地方を飛び出した。亀吉との決別がなかったら、日本初のトレインドナース(教育を受けた看護婦)であるりんと大家直美(上坂樹里)のバディは生まれなかった。亀吉の存在は物語から遠ざかっていたが、終幕前に登場させなくてはならなかった。

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