怒涛の展開も歴史の改変もない 朝ドラ「風、薫る」が華美を排して証明してみせたこと
「着地」は大丈夫?
この朝ドラの最大の特徴は、明治期から現代まで変わらない看護界の実状を描いたこと。メッセージ性が強かった。その点が最近のほかの朝ドラとは大きく異なった。
たとえば、看護師たちにとって深刻な問題の1つである惨事ストレスだ。患者の死などの強い精神的ショックにより、心身に変調をきたす。
りんたちと一緒に帝都医大病院で実習生をしていた子爵令嬢・東雲ゆき(中井友望)も惨事ストレスを経験する。重い心臓病だった小野田里久(宮地雅子)が急死すると、激しく取り乱し、3日間寝込んでしまう。
ゆきは自分を娘のように可愛がってくれる里久が大好きだった。それだけにショックは計り知れなかった。結局、看護婦になることをあきらめた。
ゆきは看護学校を去る際、「私は人の生き死に関われる人間ではない」と言った。だが、ゆきが精神的に弱かったわけではない。人の死が平気な人間などいない。
救急領域に勤務する現代の看護師を対象としたある調査によると、患者の死などによる惨事ストレスの経験者は92.0%にも上る。頭痛や不眠、助けてやれなかった後悔の念などに襲われた。
胃がん患者・山本辰治(本田大輔)の死に接したりんも惨事ストレスに襲われた1人だろう。山本は手術を受けたものの、回復の見込みはなく、本人も死期を悟っていた。
山本は家に帰りたがった。りんは願いを聞き入れ、一緒に帰宅する。だが、山本は息絶えてしまう。りんは病院側や山本の妻・テイ(伊勢佳世)から責められ、手の震えが止まらなくなった。りんは看護婦という職業の重みをあらためて思い知らされた。
どんな仕事にも相応の苦労はあるが、生と死の現場に立ち会う看護師の仕事は重い。日本は今、多死社会を迎えており、年間約159万人が亡くなる。1989年の約78.8万人から2倍になった。惨事ストレスの中で奮戦する看護師への理解を、この朝ドラは深めた。
その分、物語は華やかさに欠けた。それが事前に分かっていたから、制作者はりんに恋する男性を3人も配したのだろう。新潟で出会った直情径行型の横沢公輔(井上祐貴)、幼なじみで努力家の竹内虎太郎(小林虎之介)、頼りないものの憎めないシマケンこと島田健次郎(佐野晶哉)である。
令和の朝ドラには怒涛の展開で視聴者を圧倒しようとする作品が目に付く。積み上げられた歴史を不当に貶めるような作品も存在した。もっとも、そんなトリッキーな作品ばかりになってしまったら、やがて朝ドラの威厳や格調は失われ、視聴者層も限定されてしまうのではないか。一方で、「風、薫る」は朝ドラの持つ幅の広さを立証してみせた。華美を排したことが、逆に最近の朝ドラの中では新鮮だった。
ただし、まだ重大な問題が残っている。りんのモデルである大関和は「日本のナイチンゲール」と呼ばれた人だが、りんにはまだその称号が似合う風格がない。直美も立志伝中の人物だが、そう見えない。
残り数回で2人に威厳をまとわせることができるか。ナレーションで2人の数々の偉業を聞くようなことは避けたい。
まだある。りんと直美は1899年(明32)の現在、ともに34歳ながら、顔に年齢を重ねた跡が刻まれていない。りんと環が年の離れた姉妹に見えてしまう。
メイクが理由だろうが、最終回までにうまく着地できるのか。「ちむどんどん」(2022年度前期)はヒロインの比嘉暢子(黒島結菜)らが最終回で全員、白髪になるという離れ業を見せたが、まさかそんなことはないだろう。
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