3700グラムのわが子の誕生に、妻の手を握り号泣…なのにわずか7年で離婚 66歳再婚夫の「会えないひとり娘」への心残り
理想的な結婚生活…のはずが
結婚するつもりはないと言いかけたのだが、彼の頭の中に、麻里さんと食卓を囲んでいる光景がすんなり浮かんできた。あまりに自然な光景だった。子どものころを同じ土地で過ごしたということは、人としての基本が近いに違いないと思った。
「それで気持ちが一気に結婚に傾いたんです。当時、彼女は30歳。バリバリ働いていて、子どもはいらないと言っていた。僕はどちらでもいいと思っていました。結婚生活は刺激的だったし楽しかった。彼女の好きな音楽を僕も好きになり、僕の好きな映画を一緒に観て。大人同士だったけど、気楽な若者みたいな生活でしたね。金曜の夜はふたりでクラブに行ったりもしたし、朝まで映画を観て過ごしたりもした」
宏忠さんは、それまでも恋愛はしてきたが、あまり長続きはしなかった。結婚を求めているわけではなかったから、長くつきあうと相手に悪いような気になっていたのだという。だから朝まで寝転びながら映画を観たり、途中で愛し合ったり、また起きて映画を観たりという「だらだらしながらひたすら一緒に過ごす」ような関係をもったことがなかった。平日は必死で仕事をし、週末は妻とだらだら過ごす。その居心地のよさが「たまらなかった」という。
「ところが結婚して5年目、麻里が突然、子どもができたと言ったんです。避妊は彼女に任せていたのですが、避妊薬を飲むのをやめてみたら『できちゃった』と。それはそれでめでたいことだ、いいじゃないかと口では言ったけど、本当は怖かった。僕なんかが親になっていいことはないだろうと。親になる器じゃないと思い込んでいたんですよ」
親になることを拒否したが…わが子が生まれて「号泣」
それでも妻のお腹が少しずつ大きくなってくると、「命」を実感するようになった。お腹の中のあかちゃんが動いたとき、彼は知らず知らず涙ぐんでいた。
「僕は親に不満をもって育ったわけでもないし虐待されたわけでもない。なのになぜか自分が親になることを拒否していたんです。でも妻のお腹に手を当てて、命が息づいているとわかったときは、理屈抜きでうれしかった。こんな喜びがこの世にあるのかと思ったくらいでした」
そして産まれたのが3700グラムの大きな女の子だった。妻の手を握りながら、宏忠さんは号泣したという。妻が神々しく見えたのに、その7年後、宏忠さんは離婚する。いったい何があったのだろうか。
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娘の誕生を妻とともに喜んだ宏忠さんは、なぜ家族と離れることになったのか。記事後編では、夫婦を引き裂いた疑惑と、後年、元妻が病室で明かした離婚の真相を紹介している。
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