戦火が燃え広がる時代に、鬼才・塚本晋也監督が世界に問う話題作「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 “加害者”の目線で描かれた戦争の衝撃

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人の殺し方を徹底的に教えられる

 アレン・ネルソンさんは、1947年にニューヨークで生まれたアフリカ系アメリカ人である。母はシングルマザーで、父親を知らずに育った。ほかに3人の姉妹がいた。

 家は貧しく、ゴキブリとネズミがはい回るアパートを転々としながら育った。やがて母親が再婚するが、酒と暴力の毎日。結局、父は出奔したまま戻らなかった。ネルソンさんは高校を1年で中退し、清掃作業員などの仕事を転々とした。そして海兵隊に勧誘される。

〈人種差別がはげしかった当時のアメリカ社会では、わたしは「ニガー」とさげすまれ、差別される黒人のチンピラでしかありませんでした。しかし、海兵隊員になれば、わたしは「ニガー」ではなく、国家のために奉仕する、人々から「ありがとう」と感謝される、立派なアメリカ人になることができるのです。〉

 1965年、18歳で海兵隊に入隊したアレンさんは、新人キャンプの苛酷な訓練で、1日中「殺す!」と叫ばされ、人の殺し方を徹底的に教えられる。もちろん、ベトナム戦争で戦うための訓練である。

〈人の殺し方も、より具体的です。ナイフをどんな角度でつきたてると確実に殺すことができるか。敵ののどはどんなふうに切るのがよいのか。そんなおぞましいことが、まるで魚や肉の料理をするときのように、ことこまかに教えられるのです。〉

 その後、沖縄の嘉手納基地とキャンプ・ハンセンで、さらに実戦さながらの訓練を1か月受ける。その内容は、読んでいて背筋が寒くなる。だが、アレンさんは〈ヒーローになるための旅が始まったのだと、わたしは思いました。〉。

〈多くのベトナム人は共産主義者に支配されて自由も人権もなく、アメリカに助けを求めている。だから、私たちが戦って彼らを救わなければならない。そのように教えられていましたから、いよいよ、ヒーローとしての仕事が始まるのだと、胸を高鳴らせていたのです。死のおそれなどみじんもありませんでした。〉

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