「生い立ち」は人をずっと支配する…「夫婦、家族とは何か」を問う ドラマ「T乾」が描いた30、40代のリアル
翔の存在
充は親からひどいネグレクト(育児放棄)を受けた。幼かった充に対し、ご飯を茶碗によそうことすらしてくれなかったのだから、相当なものである。充が20年間、親に会う気にならなかったのもうなずける。
失踪癖が身に付いてしまったのも無理はない。最も身近な人間関係である家族が、最初から崩壊していたから、対人関係のスキルが極端なまでに乏しいのだろう。
充は家族や職場など、固定化された人との結びつきに耐えられない。咲子とは10年間、固定化された関係を保てたから、「さっちゃんは凄い」と口にする。
咲子が消えると充は見苦しいほど狼狽した。家族愛を知ってしまったからだ。初めて肌で感じた家族愛は、なにものにも代えがたいものだったのだろう。それでいて咲子を残して1年も失踪したのは、自分がいなくなったら咲子がどれだけ傷つくか分かっていなかったためだ。充の親が彼の存在を気にも留めていなかったからである。
樹生は母親の里実(長野里美)と昔から折り合いが悪い。里実の自己主張が強いからだが、仕方がない。過去のドラマに登場する親は隠居感が強かったものの、里実はおそらく50~60代。人生100年時代だから、まだ現役世代であり、自分が主役なのである。樹生に従うはずがない。
里実はやや冷たい一面もあった。樹生は子供のころの自分に対し、里実が愛情を精一杯注いでくれなかったことを根に持っている。樹生が毎朝、5歳の1人息子・翔(久保田薫)を抱きしめるのは、その反動だろう。
もっとも、里実のような母親なら、どこにでもいるはず。それでも樹生が不満なのは、「こうあるべき」という規範意識が高いからだろう。母親や家族についてもそうである。
だから、電車内でお年寄りに席を譲らない若者に対し、意見したあずさに胸を締め付けられた。あるべき規範を堂々と主張したからである。プロポーズのきっかけになった。コインランドリーで月に1回会っていた程度の充とあずさの関係を、「不倫」と決めつけたのも、規範意識の高さからと見る。
テーマの1つが生育歴であることを象徴しているのは翔である。当初は物語にあまり関係のない存在に見えた。彩りとして子供も登場させているように映った。
だが、違った。翔はあずさが他界した途端、咲子に懐く。やがて咲子に園田家に入ってほしいとせがんだ。あずさを失って間もないというのに、涙を流すでもない。奇異な子供に見えたが、あずさによる子育ての影響ではないか。咲子は翔にとって、あずさの後任なのだろう。
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