「ご結婚の準備は完全に美智子さまの主導で…」 還暦を迎えられた「紀子さま」は、なぜ皇室に見事に“適応”なされたのか? その秘密
9月11日、秋篠宮家の紀子妃殿下が60歳、還暦のお誕生日を迎えられた。
この1年も紀子妃はご多忙な日々を送られた。昨年9月には、ご長男・悠仁親王殿下の成年式とその関連行事にご出席。「全国『みどりの愛護』のつどい」「全国高等学校総合体育大会」「全国障害者スポーツ大会」「全国育樹祭」「献血運動推進全国大会」など、毎年の行啓も例年通り参加される一方、8月にはご夫婦でパラグアイをご訪問、今月もノルウェー前国王の葬儀に参列されるなど、海外公務もこなされている。ご家庭では、秋篠宮殿下、悠仁さまと2人の皇位継承者がいらっしゃる秋篠宮家の切り盛り役として、重責を担われている。
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皇室に入られてから36年。長女・眞子さんと小室圭弁護士との結婚を巡るトラブルこそあったものの、その眞子さんについてもアメリカでの幸せそうな生活ぶりが随時、伝わってくる。先日は一家と友人とでカフェに出かける様子も目撃されるなど、紀子さまも今は安心して見守られていることであろう。こうした公私に充実した毎日を見てもわかるように、紀子さまは皇室の環境に常に適応されてきたと言われている。その背景には、「姑」に当たる上皇后・美智子さまとの良好なご関係があるのは間違いなかろう。紀子さまは、公私にわたり、美智子さまから皇室の作法を学ばれてきたとされているのだ。
皇室ジャーナリストの故・松崎敏弥氏は、2004年、「紀子さまの研究」と題された記事を「新潮45」誌に寄稿。紀子さまが皇室に溶け込めた理由を分析している。
以下、それを再録し、紀子さま“適応”の秘密を探ってみよう。
【前後編の前編】
(「新潮45」2004年11月号 皇室ジャーナリスト・松崎敏弥氏による記事 「紀子さまの研究」を一部編集の上、再録しました。文中の年齢、肩書き等は記事掲載当時のものです)
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幼少時代は…
紀子さまは昭和41年9月11日、川嶋辰彦氏と和代さんの長女として静岡県でお生まれになった。のちに学習院大学教授となる辰彦氏はこの年、東大大学院経済学研究科修士課程を修了して東大教養学部の助手になったばかりだった。
紀子さまはその幼少時代をアメリカ、東京、ウィーンで過ごされている。そして中学1年の時に学習院女子中等科に転入、以後は大学院まで学習院で学んだ。
大学では文学部心理学科に進む。ゼミは社会心理学。高齢化社会の問題に強い関心があったという。サークルは礼宮さまとの愛を育んだ自然文化研究会に加え、手話サークルや心理学研究会にも所属し、自閉症児の世話などボランティア活動にも関わった。また大学3年の秋には「東南アジア青年の船」に参加され、ASEAN6カ国の若者と船上で交流を深められた。実に多岐にわたる活動をされている。
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