「ご結婚の準備は完全に美智子さまの主導で…」 還暦を迎えられた「紀子さま」は、なぜ皇室に見事に“適応”なされたのか? その秘密
愛読書
もっとも、そうしたことがなくとも、美智子さまと紀子さまは早晩、親しくなられたであろう。というのもお2人の関心の領域や対象には共通するものがいくつもあるからだ。
例えば、神谷美恵子という精神科医がいる。戦後、文部大臣を務めた前田多門氏の令嬢で、ハンセン病療養所長島愛生園の医師として働く傍ら、数々の著作で多くのファンを持つ文筆家でもある。彼女はまた、美智子さまの心の支えになった人としても知られている。
美智子さまは昭和38年、第2子をご懐妊されるが、異常妊娠(胞状奇胎)とわかり、宮内庁病院に入院、人工流産の処置を取られた。その際、精神的に大きなダメージを被り、ひとり葉山御用邸でご静養を続けられることになったが、そこにご相談相手としてあがったのが、この神谷さんだった。その後、美智子さまは3度目の妊娠をされ、神谷さんに支えられながら第二子を産む。それが、秋篠宮さまとなられる文仁親王である。
この美智子さまのこころの師ともいうべき神谷美恵子さんの作品を大学時代から何作も読まれていたのが、紀子さまだった。社会心理学専攻ということが背景にあったかも知れないが、紀子さまの一番の愛読書は彼女の『生きがいについて』という著作だった。
しかもただ読んでいただけではなかった。同級生の証言によれば、実際に学校に持ってきて友人にも勧めていたし、ハンセン病患者への募金活動などにも積極的に参加されていたのだという。
そうした紀子さまが、神谷氏に支えられて産んだ秋篠宮さまの伴侶となるめぐり合わせに、美智子さまが深い感慨を抱かなかったはずはない。少なくとも神谷氏のことは、お二方の共通の話題になったはずである。
児童文学という接点
また、お2人には児童文学という接点もある。
美智子さまは聖心女子大学英米文学科時代から児童文学に傾倒され、収集もされてきた。忙しいご公務の間にご自身が原作を書かれて『はじめてのやまのぼり』という絵本を出されたこともあるし、美智子さまの選詩・翻訳で詩人まど・みちおの詩集『どうぶつたち』( The Animals)が平成4年に、『ふしぎなポケット』( The Magic Pocket)が平成10年に日本と米国で発売されるということもあった。
平成6年にまど・みちお氏は国際児童図書評議会から国際アンデルセン賞を受けているが、その際には、美智子さまが5年をかけて翻訳された80篇の詩が参考資料となっている。また国際児童図書評議会での講演などもされており、この分野の活動は、美智子さまがこころから大切にされているものである。
贈賞式を引き継がれ…
紀子さまもまた児童文学とのかかわりがある。結婚以来、毎年、産経児童出版文化賞の贈賞式に出席されており、受賞者との懇談を楽しみにされている。この贈賞式への出席は、以前美智子さまがなさっていた。それが紀子さまに引き継がれた形になっているのである。
美智子さまが平成10年に国際児童図書評議会世界大会で基調講演された際、紀子さまは同年の秋篠宮殿下御誕生日会見で、この1年で印象に残っていることとして、こう語られている。
「皇后さまのご講演を伺い、私自身、幼少のころ、本を読んでおりましたことを懐かしく思い出しながら、また、二人の娘が、大変本が好きでございますので、娘たちが、今、どのように、本を読んでいる時感じているのか、考えているのか、ゆっくりと思いをめぐらす、大変すばらしい機会になりました」
宮内庁周辺から漏れ伝わる話では、2人のお子さまと御所を訪れた際に、児童文学については幾度も話題となっており、紀子さまはそれを楽しみにされていると言う。
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【後編】では、お2人のもうひとつの“親密なご交流”について詳報している。紀子さまご懐妊時に美智子さまがプレゼントされた“特別な贈り物”とは――。
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