【豊臣兄弟!】「史実は外していない」制作統括の驚くべき反論 中川清秀を“裏切り者”、柴田勝家を“身投げ”にして何が「通説への提案」なのか

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動かしがたい史実を無意味に疑う傲岸不遜

 だが、なんの根拠もないまま、独りよがりに新説を打ち出しては、「通説というものを疑って、『そうじゃないんじゃないか』という提案をしている」「われわれもさらにフィクションを創っている」と強弁するのは、傲岸不遜にすぎるだろう。

 先に挙げた2例についていえば、まず中川清秀が防戦しきれず討死したことは、いくつもの史料に描かれている。たしかに、『太閤記』をはじめとする後世の編纂史料や軍記物の記述には、清秀の忠義を誇張したと思われるものもある。だが、それ以外に、秀吉自身の書状をはじめ、興福寺多聞院の僧侶であった英俊の『多聞院日記』や、公家の吉田兼見の『兼見卿記』など、第一級の一次史料にも記されている。イエズス会の宣教師ルイス・フロイスも記録している。一方、討死を否定する史料はひとつもない。

 加えて清秀は、山崎合戦で明智光秀の軍勢を破った功労者である。秀吉のもとにいれば大出世がまちがいないのに、柴田方に寝返る理由が見つからない。少なくとも現時点で、清秀の討死を疑う根拠は存在しないのに、いったいどんな根拠にもとづき、なんのために、「そうじゃないんじゃないか」と提案するのか。根拠がないまま、たんに劇的効果だけをねらって通説に異議を唱えるなら、それは地道な歴史研究への冒涜であり、歴史的人物に対する名誉棄損である。

 柴田勝家の切腹も同様である。松川氏がフィクションだと語る『太閤記』には、勝家は妻たちを刺殺したのちにみずから腹を切り、家臣80人が後を追ったと書かれているが、この内容はほかの史料の記述と重なる。秀吉側近が記した『柴田退治記』ばかりか、秀吉自身の書状にもそう書かれている。秀吉や彼の側に立つ人物は、秀吉の功を強調した可能性もあるが、秀吉に忖度する必要がないフロイスも、勝家の死に際を同様に描写している。勝家が腹を切ったのは、動かしがたい史実だと思われる。

 中川清秀の裏切りと同じく、「史実と確定されているもの」を堂々と「外して」いる。それでも百歩譲って、ドラマで切腹以外の死に方をさせることには、目を瞑ったとしよう。だが、その場合は、追手に斬られるとか、刀を奪われ飛び降りるしかなくなったとか、切腹ができない状況に追い込まれた場合にかぎられる。当時の武士にとって、みずから腹を切って究極の勇気を示し、個人および家の名誉を保持することは、現代人にはとても想像できないほど大事なことだった。

見れば見るほど歴史オンチになる

 柴田勝家が切腹できる状況にいながら切腹せず、天守の最上階から飛び降りた、という描写は、たとえば、武将たちに御殿の畳の上を土足で歩かせてしまったり、着物を左前で着せてしまったりするのと同じくらい、いや、それ以上に当時の常識からかけ離れている。

 それなのに、あえて当時の武士の常識を否定して「さらにフィクションを創る」べき理由が、いったいどこにあるというのか。

 第17回「小谷落城」(5月3日放送)で、浅井長政(中島歩)が切腹する場面もとんでもなかった。小一郎は長政の近くにいて、直前まで必死に「生きてくだされ」と訴えた。ところが、いざ長政が腹を切る段になっても介錯を申し出ず、囲にいるだれかに介錯を勧めもしなかった。あの時代、介錯は切腹する武士の尊厳をたもつうえで非常に重要だったのに、すでに長政が刀を腹に刺して苦しんでいるあいだも、小一郎は長政の妻であった市に、愚にもつかないことを語っていた。

 時間がだいぶ経過してから、市が苦しむ夫のもとに赴き、女手で介錯したが、介錯とは慣れた男性が行っても簡単ではなかった。その役割を女性に負わせるなど、これも当時の常識に照らせばありえない。こんなばかばかしいフィクションを創る意義を、どこに見出せるというのか。

 松川氏は「小学生とか、いままで大河ドラマに触れてこなかった視聴者層を取り込みたいという意図があって、実際にそうなっているという声を聞いて、すごく勇気づけられています」と語ったそうだ。小学生が歴史に興味をもつことは歓迎したい。だが、これでは見ているうちに、歴史への誤解がどんどん膨らみ、むしろ歴史オンチになってしまう。大河ドラマには影響力があればこそ、「史実を無視するな」という外野の声に、NHKはもっと謙虚になるべきではないだろうか。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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