【豊臣兄弟!】「史実は外していない」制作統括の驚くべき反論 中川清秀を“裏切り者”、柴田勝家を“身投げ”にして何が「通説への提案」なのか
戦国の常識からかけ離れている
織田信長(小栗旬)が斃され、めぐってきた天下獲りのチャンス。羽柴秀吉(池松壮亮)は弟の小一郎(仲野太賀、のちの羽柴秀長)と手を携えて明智光秀(要潤)を討ち、ライバル・柴田勝家(山口馬木也)を滅ぼし、規模も豪華さも信長の安土城(滋賀県近江八幡市)を超える大坂城(大阪市中央区)を築いて、野望を着々と実現しつつある。NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』もいよいよ佳境に入ってきた。
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それを筆者も楽しんでいるが、一方で残念に感じられる描写、もっといえば、捨て置けない描写も目立つようになってきた。以下の2つについては、すでにデイリー新潮に批判記事を掲載した。
1つは第32回「賤ヶ岳(しずがたけ)の決闘」(8月23日放送)における、中川清秀(すがおゆうじ)の描き方だった。清秀は秀吉と柴田勝家(山口馬木也)との「天下分け目」の決戦である賤ヶ岳合戦で、羽柴方の大岩山砦を守りながら、柴田方の佐久間盛政の急襲を受け、防戦の末に討ち死にした、というのが通説だ。それなのに、大岩山砦は清秀が柴田方に寝返ったために陥落した、という設定に変えられ、清秀は柴田方から羽柴方に寝返った前田利家(大東駿介)の手で刺殺された。
清秀が「裏切り者」に仕立てられたことに対しては、清秀ゆかりの地である大阪府茨木市と大分県竹田市が連名でNHKに文書を送り、「できるかぎり正確な史実を尊重してほしい」と遺憾の意を伝え、話題になった。
もう1つの場面は、第33回「北庄(きたのしょう)城の別れ」(8月30日放送)で描かれた。居城の北庄城(福井市)を羽柴軍に包囲され、天守内で追手に追い詰められた勝家は、妻の市(宮﨑あおい)と手をつなぎ、最上階から身投げしたのである。だが、戦国武将にとって、みずからの名誉がたもてる死に方は切腹の一択であった。高所から飛び降りる死に方は、刀を持たない女性や子供、負傷した兵士らがやむを得ずに選ぶもので、勝家のような名誉を重んじる武将にそんな死に方をさせるのは、戦国時代の常識からかけ離れている。
こうした場面に対しては、むろん筆者だけでなく、多くの批判が寄せられた。そんなタイミングで、『豊臣兄弟!』のチーフプロデューサーである松川博敬氏が、報道各社の合同インタビューに応じたという。天下のNHKが簡単に非を認めるとは思わないが、多少は謙虚な姿勢を示すのではないか、連名で文書を送った2つの自治体に向けて、遺憾の意ぐらいは示すのではないか、と思ったが甘かった。そのコメントは牽強付会な強弁で、歴史に対する敬意のかけらも感じられなかった。
論点をずらして逃げるCP
松川氏は次のように語ったことが報じられている。
《史実と確定されているものに関しては、外していないつもりなんですよね。みなさんが史実だと思っている、いわゆる通説というものを疑って、そこに『そうじゃないんじゃないか』という提案をしているというのがわれわれのスタンスです。通説のなかには、1つに書かれているから『そうなんだ』と思い込まれていることが、最新の研究で全然違う説が出たり、覆ったりすることがあるし、そもそも江戸時代に書かれた『太閤記』もフィクションであるとされていて、われわれもさらにフィクションを創っている。その(太閤記)あたりを史実と思われているんじゃないかな》
視聴者が「史実と違うのではないか」と感じる根拠を、江戸時代の初期に書かれた小瀬甫庵の『太閤記』に同定してしまうあたり、あまりにも傲慢だというほかない。『太閤記』に創作や脚色が多いのは歴史の分野における常識である。大河ドラマに対して「史実の歪曲ではないか」と批判する根拠が、『太閤記』のように信憑性に疑問がもたれる史料なら、批判した側が笑いものになってしまう。そうではなく、たとえば上に記した2つの事例は、いくつもの史料や状況証拠に照らして、『豊臣兄弟!』の描き方は史実、または往時の常識に反する、と断じることができる。だから批判されているのに、松川氏は論点をずらして逃げようとしている。
だが、松川氏の言葉に批判を加える前に、ドラマで歴史を描く際、史実とどう向き合うべきか、筆者の考えを記しておきたい。
『豊臣兄弟!』で描かれるのは四百何十年も前のできごとで、当然、わかっていることはかぎられている。したがって、史実を織り込みながら、わからないことをフィクションで埋めるのは当然である。だが、その際、史料等で確認できる内容は可能なかぎり尊重しつつ、往時の考え方や行動様式に則って、その時代の描写として違和感なくフィクションを創り上げる必要があるだろう。
とはいえ、史実だと思われていたことが、新史料の発見や発掘調査などにより、覆されることもある。NHKの松川氏もいうように「最新の研究で全然違う説が出たり」することはあるので、通説を採用するか、新説に乗っかるか、という判断があっていい。あるいは一部の研究者であっても、なんらかの根拠のもとに通説に異議が唱える人がいれば、その説に乘ることがあってもいいと思う。
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