徳川に完全に破壊されたはずの「豊臣大坂城」――実は現代の大阪に隠されている「秀吉の爪痕」
大坂冬の陣の後、大坂城の堀や惣構(そうがまえ:城下を囲む防御施設)は、徹底的に埋め立てられハダカ同然の城となったが、現在の大阪の地名「内本町」「内平野町」など「内」を冠する町名は「惣構えの内側」だった名残であり、また「空堀商店街」といった名称などに豊臣の痕跡が残っている。 ※画像は、大坂冬の陣図屏風(模本)、江戸時代・17世紀(出典:ColBase〈https://colbase.nich.go.jp/collection_item_images/tnm/A-9274?locale=ja〉を加工して作成)





