徳川に完全に破壊されたはずの「豊臣大坂城」――実は現代の大阪に隠されている「秀吉の爪痕」

国内 社会

  • ブックマーク

 豊臣秀吉が健在だった頃、大坂城は周囲に一辺2キロの堀を巡らせ、総面積400万平方メートルを誇る巨大な外郭を有していたという。しかし「大坂冬の陣」後に、大川(旧淀川)や低湿地の堀以外は徹底的に埋められ、ハダカ同然の城となったのはよく知られる話である。

 では往年の大坂城は、現在の大阪のどの辺りまで広がっていたのか。近年の発掘調査からわかった大坂城の実態を、新潮選書『豊臣大坂城 秀吉の築城・秀頼の平和・家康の攻略』(笠谷和比古・黒田慶一著)の一部を再編集して紹介する。...

つづきを読む