「あんた、あのとき死んでいればよかったね」と言われて母を殴った…家を追われた僕を救った「スナックのママ」とその娘との恋

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【前後編の前編/後編を読む】「あなたの子だと思う。産むね」自由すぎる年上の妻とは別居婚…「人妻」「20歳年下」の2人の恋人がいる41歳夫、それでも心が満たされないワケ

 世の中には「~主義」を貫く人もいるし、「自分の流儀」に固執する人もいる。どういう生き方をするのも個人の自由である。他者がとやかく言う話ではない。ただ、そんな「流儀」が揺らぐこともあるだろう。

「最近、ちょっとエグい男と知り合ったんだけど会う? そいつも自分の人間観や恋愛観を誰かに話したいらしいんだけど、一般的には非難されるだけだとわかっているらしくて……」

 友人からそんなメールが届き、竹宮智紀さん(41歳・仮名=以下同)と会って話したりメールのやりとりをしたりするようになった。中肉中背、穏やかな笑みを浮かべているごく普通の40代に見えたが、ときおりじっとこちらを凝視するのは、自分が受け入れられているかどうかの確認だろうか。

「妙な人生を送っているような気はします。結婚しないつもりだったけど結婚して、自分でもわけがわからない。過去に囚われ続けているのかもしれないし、精神的に自立する力がないのかもしれない……」

 智紀さんは、「エグい」とはかけ離れた苦悩を語った。人生でもっとも大事にしているのは「自由」だと思い込んできた。今もそう思ってはいるが、自由が幸せかどうかはわからない。一般社会で生きているわけだから、当然、自由と身勝手の違いもわきまえている。自分が目指していること、実際に行動していることが自由なのか身勝手なのか、その境界線がどこにあるのか、今になってわからなくなり、葛藤しているのだという。

食事中の会話、お菓子NGの厳格な家庭

 智紀さんがそこまで考えてしまうのは、「育った家庭が自由ではなかったから」だという。両親とも教育現場に立つ人たちだった。世間体を気にし、「教育者の息子なんだから」と言われ続けた。小学校でちょっと友だちとケンカしただけで、帰宅した父親に殴られた。妹とふざけているだけで、母は嫌な顔をした。

「テレビはニュースだけ。食事中はしゃべってはいけない。お菓子もろくに食べさせてもらえなかったなあ。何より、僕が何をしたいのか何に興味をもっているのかなどを、両親は関心も示さなかった。自分たちの思い通りに、“きちんと”育てたかったんでしょう」

 2歳違いの妹は、中学に入ってすぐに不良グループとつるむようになった。父はぼこぼこに妹を殴った。間に入った彼も殴られた。その後、妹は父のいとこが住職を務める田舎の寺に預けられた。

「中学3年生の夏休み、塾通いをしていたんですが、1日だけ休みがあったんです。その日に妹に会いに行きました。心配でたまらなかったから。親には内緒ですよ、もちろん。ところが行ってみてびっくり。親戚は両親とは違う穏やかな人たちで、妹は明るく生き生きとしていました。『ここの中学では5本の指に入るほど優秀なんだよ、私』と笑っていた。クラブ活動も楽しい、友だちともよく一緒に遊んでるって。でもときどき父か母が訪ねてくることがあって、そのときは暗い顔をしておとなしくしてるんだと言ってました。親戚も『それでいいんだよ、あの両親は少しおかしい』と」

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