妊娠中にカフェイン摂取で号泣…藤田ニコル、「罰ゲーム」エピソードが波紋のワケ 本人はXで釈明も大論争に

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番組の中の何気ない発言

 ここにあるのは、妊娠という個人的な事情をどこまで仕事相手に共有すべきなのかという、簡単には答えの出ない問題である。芸能人の場合、その問題は一般人よりもさらに複雑になる。

 このエピソードがこれほど話題になった理由の1つは、藤田の語り方にある。彼女はもともと自分の感情や経験を率直な言葉で表現するタイプのタレントである。モデル出身でありながら、バラエティでは自分を過度に飾らず、恋愛や仕事、人間関係についても比較的ストレートに語ってきた。その「思ったことをそのまま口にする」という姿勢こそが、彼女が長くテレビで重宝されてきた理由でもある。

 今回の件でも、「泣きました」「守れなくてごめんね」という言葉は、当時の感情をそのまま再現したものなのだろう。しかし、ネットニュースやSNSでその言葉だけを切り取ると、番組側の非道な行為を告発しているようにも見えてしまう。

 番組の中の何気ない発言がここまで大きく取り上げられ、議論を起こした背景には、刺激的な言葉を切り取って拡散するネットニュースやネットユーザーの問題がある。

 さらに言えば、この問題には近年のテレビをめぐる視聴者心理も関係している。現在は、テレビ番組に関して何かが起きるたびに「制作側は事前に確認しなかったのか」「本人はなぜスタッフに言わなかったのか」などと、責任の所在を求める空気が強い。

 安全管理やハラスメントに対する社会の感度が上がったこと自体は悪いことではないが、テレビの現場で起きるあらゆる出来事について責任主体を求めようとする傾向も強くなっている。

「罰ゲームで号泣」という見出しだけを見れば、誰もが多少なりとも心を動かされてしまう。しかし、藤田自身が本当に伝えたかったのは、もっと個人的でささやかな話だった。妊娠を知ったことで、それまで自分中心だった感情の中に突然「この子を守らなければ」という意識が生まれた。その変化に自分自身が驚いたという母親になる過程の一場面である。

 それが「番組が悪いのか」「本人が悪いのか」という論争に変わってしまったこと自体が、現在のテレビとSNSの関係を象徴している。人間の複雑な体験を語るテレビと、それを短い言葉に圧縮して善悪を判定するネット空間。その間にある落差こそが、藤田ニコルの何気ない体験談を、ここまで大きな論争へと変えてしまったのだ。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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