辺野古沖転覆事故は「自分のせい」 同志社国際高校の59歳教諭が死亡 「ネットで名指しで中傷され、憔悴していた」

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【全2回(前編/後編)の前編】

 今年3月、沖縄県名護市辺野古沖で、同志社国際高校の生徒、武石知華(ともか)さん(17)が研修旅行の平和学習中に死亡したボート転覆事故。8月23日の朝9時半ごろ、この研修旅行に同行していた59歳の男性教諭(以下、A教諭)が、電車にはねられ死亡した。現場の状況から自殺とみられるが、なぜA教諭は自らの命を絶ったのか。研修旅行での事故後、A教諭は休職を申し出ていたというのだが……。

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 夏休み最後の日曜日だというのに、その高校の周囲は、時ならぬ物々しさに包まれていた。

 京都府京田辺市にある同志社国際高校に隣接する「新島記念講堂」。学校創立者の名を冠したこのホールに先月30日の夕刻、在校生の保護者と思しき人たちが次々と吸い込まれていった。そのつど報道陣が声をかけて呼び止めるのだが、表情はおしなべて硬い。敷地前の路上では、赤色灯をつけたパトカーが周回している……。この日は全学年の保護者を対象に、2学期以降の学校運営についての「説明会」が開催されていたのだった。

 あらためて振り返ると、小型船「平和丸」に乗っていた同校2年の武石さんが亡くなり、14人が重軽傷を負ったのが3月16日だった。4月24日には、文部科学省が同校を運営する学校法人「同志社」の現地調査を実施。また、武石さんの遺族が船を運航していた反基地団体メンバーや同校校長など計11人を刑事告訴したのを受け、7月には海上保安庁が業務上過失致死傷容疑などで同校を家宅捜索している。

 そんな中、同志社は先月21日の臨時理事会で人事を一新。八田英二理事長が今年度で引責辞任の意向を示し、高校の西田喜久夫校長も31日付で解任された。全国紙社会部記者が言う。

「今回の学校説明会は、こうした人事を受けて開かれたものです。学校側は、今年度の沖縄での研修旅行の中止も明言。また遺族から刑事告訴された引率教諭らを、2学期から配置換えするとの説明もありました」

 その1週間前、痛ましい「第二の事故」は起きていた。

京大アメフト部に在籍

 8月23日の朝9時半ごろ、京田辺市内を走る近鉄京都線の踏切で、男性が急行電車にはねられ死亡。これにより1時間20分ほど運転が見合わせられ、およそ1万5000人に影響が及んだ。

「遺体は損傷が激しく身元の特定が困難でしたが、近くにあった自転車や遺体のDNAから、25日、京都市在住の59歳男性と判明。現場の状況から自殺とみられます」(京都府警担当記者)

 実はこの男性は、3月の研修旅行にも同行していた同志社国際高校の現職教諭であった。ここではA教諭としておくが、転覆事故における学校の責任が問われているただ中に自ら命を絶つとは、いかなる事情があったのだろうか。

 亡くなった教諭は京大工学部出身。修士課程を終えて同校に化学教諭として赴任した。大学ではアメフト部に在籍し、鍛えられた体が特徴的だったという。同校の在校生に聞くと、

「先生は体格が良くて眼鏡の奥の眼光も鋭い。体育教師みたいで一見近寄り難いから、『学年に一人はいる怖い先生』なんてうわさされていますが、そんなことありません。授業中に居眠りしていても怒鳴ったりせず、静かに近づいてきて『眠たいねえ』と優しく諭すような感じです。課題はほとんど出さず、長期休みの前にも『これを勉強しておくといいよ』と言うくらいで、授業もチャイムと同時にきちんと終わりました」

 一方でさる学校関係者は、

「先生は沖縄への研修旅行の引率経験が豊富で、西田前校長の下、平和学習の一端を担ってきたベテランでした」

 いわば「旗振り役」の一員だったというわけだ。7月31日に同志社が公表した特別調査委員会の報告書によれば、同校が平和学習などを目的として沖縄への研修旅行を始めたのは1981年度から。ボートを使った辺野古沖視察は、転覆事故で亡くなった小型船「不屈」の金井創船長が西田前校長に提案し、22年度より始まったという。

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