「プレゼントがもう一つあります」と指輪を… 東日本最古の天満宮の禰宜(30)と妻(31)の結婚秘話

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 人生いろいろ、家族もいろいろ、幸福の形もいろいろ。近年、「結婚がゴールではない」という声も大きくなりつつあるとはいえ、ゴールインした二人には幸せになってほしいと思うのが人情というものだろう。

 そして、そのゴールに到達するまでには、十人十色のドラマがあるのは言うまでもない。目下、幸せに包まれているカップルにエールを送りつつ、出会いから現在までを根掘り葉掘り聞いてみる「令和の結婚事情レポート」。

 今回登場していただくのは、東京都国立市の谷保(やぼ)天満宮の禰宜・津戸(つど)弘太郎さん(30)と、妻の下川愛子さん(31)。

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 東日本最古の天満宮たる東京都国立市の谷保天満宮。禰宜の津戸弘太郎さんが6月23日、下川愛子さんと同地で式を挙げた。

 菅原道真公と最も縁深き太宰府天満宮にほど近い福岡市で出会い、道真公の第3子、道武公による父の鎮座が起こりとされる“谷保さん”で始める新婚生活である。

 2024年2月、共に登録していたマッチングアプリで知り合った。父が谷保天満宮の宮司ながら一時は国家公務員として働いた弘太郎さんは、神職の道を歩むために同年4月から太宰府天満宮で修行することが決まり、福岡に転居したばかり。愛子さんは福岡に生まれて暮らしていた。

 3月7日に初対面。「親しみやすさがあり、構えずに話せた」と彼が言えば、彼女も「話しやすかったし、花粉症でしていたマスクを外した笑顔が好印象で」。

 彼はもう一度会いたい思いをどう伝えるか悩んだが、彼女が「ぜひまた」と言ってくれ、再会することに。

 以後4度目のデートとなった同月21日。告白しようと考えていた彼は食事後、黒田官兵衛を祭る光雲(てるも)神社に彼女を誘った。夜景が奇麗に見えるスポットで「これからもいろいろ思い出を共有したい。ぜひ付き合ってください」。普段は勘の鋭い彼女だが、当時勤めていた大学の送別会が翌日に予定され、その幹事業務に気がいっている中での彼の言葉に驚きつつ、「よろしくお願いします」。

「緊張しているのに思いを伝えてくれた誠実さがうれしかった」

 彼は2年間の修行後、実家に戻ることが決まっていたが、交際から時を経ずに結婚話も自然と出るようになった。SNSを活用する神社も多い昨今、その方面は得意でない彼に「私、そういうのできるよ」と彼女は伝えた。将来を見据えていればこその発言で、彼も大いに意を強くした。

 25年5月、弘太郎さんは仕事仲間と太宰府市から筑紫野市にまたがる宝満山に登ったが、前日の雨でぬかるむ地面に足をとられ、滑って膝を強打。半月板損傷の重傷を負い、彼女に支えられて過ごすことになる。

 ようやく痛みが癒えた8月に沖縄旅行へ。彼は仕事柄、連休が多く取れず、初めての本格的な旅行だった。

 古宇利島を訪れた際、彼はタイミングまで意図していなかったが、恋人の聖地ともされるハートロックを夕陽が沈む幻想的な光景の中で拝めた。二人のハートも赤くともされ、現地で「なんみんさん」と親しまれる那覇市の波上(なみのうえ)宮にも参拝できたのはいい思い出だ。

 共に誕生日を迎える11月。誕生祝いをしようと彼は愛子さんを連れ出し、ディナーでの求婚を計画したが、「想像以上に周りがガヤガヤ。店員さんもすぐ近くにいて」と断念。部屋に戻り、まず誕生日プレゼントを交換。ハンドクリームをもらった彼女は「今日は違うのかな?」と思ったが、「もう一つあります」と彼が指輪の入った箱を開ける。「東京に一緒に来てほしい。結婚してください」。彼の手の震えを目にし、「緊張しているのに思いを伝えてくれた誠実さがうれしかった」という彼女は、「はい、お願いします」と応えた。

愛子さんの力を借りてSNSを活用

 今年4月に東京で同居を始め、天恩日の4月21日に入籍。挙式の日取りはさまざまな都合で決めたが「偶然にも大好きな祖母の誕生日でした」と愛子さん。愛孫の良き日を喜んでくれたに違いない。10月には新婚旅行で北海道へ赴く予定だ。

 弘太郎さんは「神社を参拝者の心落ち着く場所にしたい」と話し、「そういう場所だと知ってもらえるように」と、愛子さんの力を借りつつSNSを活用中。

 共に2人きょうだいゆえ、子どもも2人欲しいとか。出会いの年の夏に訪れた大分は別府の温泉旅館で交わった家族連れの姿を回想しながら、温かい家庭を築きたいとの思いを再確認。「これまで二人で行った場所を家族みんなで訪ねられれば」とそろって夢を広げる。

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