「年を取って、思うように手足が動きにくくなった」とこぼし… 岸惠子さんの晩年を仕事仲間が明かす 「コロナをきっかけに外出しなくなっていた」
【前後編の後編/前編からの続き】
女優の岸惠子さんが世を去った。93歳。昭和初期の生まれにして国際結婚を遂げるなど時代の常識を覆し、自らの思いに従ってさまざまな分野へと活動の幅を広げた岸さん。後年もなお旺盛な気力で話題を提供し続けた彼女は一体、自身の老いと、いかに向き合っていたのだろう。
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前編では、18歳で女優デビューし、一躍スターになるも、その座を捨てて渡仏した、岸さんの型破りな人生について報じた。
2013年、81歳を迎える年に刊行した長編小説『わりなき恋』は、世間一般が抱く「老い」のイメージをものの見事に打ち破った。
主人公は69歳の女性ドキュメンタリー作家。彼女は58歳の一流企業幹部とパリ行きの機内で出会い、パリや日本、上海で熱い逢瀬を重ねる。男女の純愛と葛藤、激しい濡れ場までも描いたその内容は大きな話題を呼んだ。発表当時、本誌(「週刊新潮」)は岸さんに「実話では?」と問うた。
すると岸さんは、
「私がモデルではありませんが、ドキュメンタリー作家の彼女のたどった道は、私のたどった道です。多かれ少なかれ、体験したことでなければ書けませんから。私の実体験が基になっていると思われてもいいのですが、全てではありません」
そう言って、含み笑いを見せたものだった。
“年を取って筋力が衰えて、思うように手足が動きにくくなった”
執筆意欲は以後ますます旺盛になり、21年には『岸惠子自伝 卵を割らなければ、オムレツは食べられない』を岩波書店から上梓した。編集に協力した立命館大学加藤周一現代思想研究センター顧問で、平凡社の雑誌「太陽」元編集長の鷲巣力氏はこう語る。
「『岸惠子自伝』は、日経新聞の連載『私の履歴書』を基に岸さんが加筆したものです。戦後の一人の女性の生き方として記録に残すべきだと私は思い、岸さんに“後世まで残る本にしよう”と提案しました。岩波の編集者に“本人が書いている”と伝えたところ、記事の文章のうまさに驚いた様子でした。私の役割は原稿に最初に目を通すことでしたが、文章がうまいから問題はなく、ダメ出しはほとんどありませんでした」
鷲巣氏は、“ここは面白いからもう少し膨らませたらどうか”と提案したり、記憶を呼び起こしてもらうように努めたりしただけだった。
長く読み継がれたいとの思いから「タイトルを『岸惠子自伝』にしよう」と勧めたのだという。
「今風の、そのときの流行語などを採り入れたら、かえって寿命が短くなってしまう。サブタイトルの『卵を割らなければ、オムレツは食べられない』は岸さんがつけました。自分の意思で動き、未知の世界に飛び込むことを恐れない。そんな岸さんならではの副題だと思います」(同)
それは、古い体制や現在の安定(卵の殻)を壊してこそ目的は遂げられるというフランスのことわざである。
「岸さんは、文章を書くことが好きで意欲的な人でした。本を読むことも好きでした。本人から聞いたことですが、俳優として駆け出しの頃、撮影の合間にサルトルを読んでいたら“生意気だ”と言われたこともあったらしい。とにかく書くことへの気力がすさまじかった。書きたいテーマもまだ持っていました」(同)
しかし、である。
「何年か前に“年を取って筋力が衰えて、思うように手足が動きにくくなった”と岸さんからこぼされたことがあり、心配していました」(同)
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