「“感動の押し売り”への拒否反応が」 「星野真里」でも募金額半減、視聴率低迷…「24時間テレビ」が低調に終わった“納得の理由”

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グタグタだった「隣の晩ごはん」

 元祖の「隣の晩ごはん」は、落語家のヨネスケが巨大なしゃもじを持って夕飯時の一般家庭にアポなしで飛び込み、あわてふためく姿や自慢料理などを映し出すという企画だ。だが、今回は家族の一人が事前に応募するというものだった。

「初日の『晩ごはん』は宮川大輔とアンタッチャブル・山崎弘也が担当で、2日後に解体されるという4世代にわたる大家族が集結するお宅にお邪魔しました。しかし、80年代に人気だった企画ですから、今の子どもたちは知りません。彼らは宮川とザキヤマが持ち込んだ巨大なスプーンで遊びはじめ、グダグダのまま中継は終了しました」(碓井氏)

 翌日の「昼ごはん」は宮川と内村、SixTONESのジェシーが担当したが、こちらも数日後に家を解体するという家族だった。

「事前に募集したにもかかわらず、似たような家族を選んでしまいました。作り手のレベルが知れます」(同)

「24時間テレビドミノチャレンジ!」では芸人を使いすぎという。

「小学生親子3000人が作った巨大ドミノですから、ドミノだけで楽しめます。にもかかわらず、体中を真っ赤に染めたオードリー・春日俊彰が体を滑らしてドミノを倒すなど、ところどころに芸人が出てくる必要があったのか……」(同)

 逆に楽しめたのは「石原家4兄弟がゆかりの地を巡る旅」や「中村玉緒 勝新太郎 ちょっと不思議な夫婦の物語」だったという。

第50回を前に

「今年のテーマは家族でしたから、重くなりがちな構成の中でこれらの企画はほどよいスパイスとなっていました。特に玉緒さんと勝新さんの物語は、ナレーションに勝新さんの付き人だった松平健を起用したのがいい演出だったと思います。見ていて元気をもらえる企画でしたね。『24時間テレビ』の家族は、障害を持つ家族ばかりでなくてもいいと思います」(碓井氏)

 勝新は最期、病に倒れたが、“お涙頂戴”にはなっていなかった。

「“感動の押し売り”に対する拒否反応が強まっているのだと思います。もちろん視聴者は、困っている人を助けること自体を否定しているのではありません。病気や障害を抱えた人の映像で安易に感動へと結びつけようとする、そんなテレビ的な手法は必要なのかという本質的な問いがあるのです」(同)

 そして2023年に発覚した系列地方局員による募金の着服事件も尾を引いているという。

「お金を扱う側の信用が曖昧なまま、募金活動が継続されています。日テレ側は忘れたいかもしれませんが、視聴者は憶えていますから」(同)

 今回のチャリティーマラソンのゴール直前、寄附金の着服に抗議するプラカードを持った男が乱入したのもそうした現れだろう。無論、誉められた行動ではないが……。

「そのマラソンもゴール時は数字が稼げるものの、チャリティーマラソンという企画自体が時代とズレてきているのではないでしょうか。幸い今年は酷暑の中を走ることにはなりませんでしたが、ランナーが苦しむ姿を見て感動し募金するという構図が、なぜチャリティーなのか?――そのような価値観の変化から乖離しているように思います」(同)

 来年、「24時間テレビ」は50回目を迎える。

「大きな節目であり、区切りの年です。“24時間生放送”という1978年にスタートした長寿番組のコンセプトを、ゼロベースで再検討してもいい時期だと思います。視聴者はチャリティーそのものを否定しているわけではありません。旧来のテレビ的な手法で感動を仕立てるのではなく、募金や福祉を願う気持ちにどう応えるか、真摯に考える必要があると思います」(同)

デイリー新潮編集部

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