セ・リーグでも「DH制」導入に投手は大歓迎かと思いきや…意外に多い「バッティング好き」 引退したピッチャーは「俺はホームランを打ったことがある」と自慢することも

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リーグ間対立の原因にもなったDH制

 ただ、セとパでのルールの違いは、リーグ間対立の一因ともなりました。

 今でこそ日本野球機構(NPB)の中にセ・パ両リーグが存在する形態になっていますが、当時の両リーグはそれぞれ完全に独立した組織で、NPBよりはるかに力を持っていました。NPBが前面に出てくるのはドラフト、オールスターゲーム、日本シリーズのみという状態でした。パ・リーグ独自のDH制を、オールスターゲームや日本シリーズでどう扱うかは、今の時代から考えると信じられないくらいデリケートな問題だったのです。

 オールスターゲームでは、1983年にDH制の採用が決まりましたが、セ・リーグはピッチャーを打席に立たせて抗議の意思を示したため、この年だけで頓挫しました。その後、セが態度を軟化させ、90年からパ所属チームの本拠地球場のみDH制とすることになり、93年には今のような、全試合DH制が採られるようになりました。

 日本シリーズでは1985年に「隔年で全試合採用と全試合不採用とする」ことが決まり、この年の日本シリーズで初めてパ・リーグのバッターがDHとして打席に立ちました。しかし決定に従い、翌86年のシリーズでDH制は適用されませんでしたが、1987年にパ・リーグ本拠地球場の試合で採用することになり、現在に至っています。

 MLBでも長年不採用を続けてきたナショナル・リーグが、選手会との新労使協定に従って2022年からDH制となり、韓国、台湾、キューバのプロリーグをはじめ、WBCなど国際大会でもDH制が採用されています。

 アマチュア野球界に目を転じれば、先日まで熱戦を繰り広げた高校野球が今年から春・夏両甲子園大会で採用。東京六大学連盟、関西学生野球連盟も今年から採用したため、全日本大学野球連盟所属の全連盟がDH制となりました。

 来年のセ・リーグDH制導入は、時代の流れと言っても過言ではありません。かつてのセ・リーグのスタンスを知る私からすると、まさに隔世の感があります。

 ただ、私が冒頭書いたように「一抹の寂しさ」を感じるのは、ピッチャーの生の声を聞いてきたからです。

エースで4番

 かつて清涼飲料のCMソングの歌詞に「子供のころからエースで4番」とあるように、プロ野球選手は文字通り、野球を始めたころからエースで、かつ主軸を任される打者だった人が数多くいます。

 投打ともに秀でた選手で、プロでも投手を任されるということは、実はとてもすごいことなのです。だからこそバッティングが好きなピッチャーは多く、普段の練習ではメニューに入っていないバッティング練習が(大抵は先発要員だけではありますが)たまに行われると、それこそ目を輝かせて楽しそうに打球を飛ばす姿をずっと見てきました。

 また、交流戦では、普段打席に立たないパ・リーグのピッチャーがホームランを打って度肝を抜くシーンも何度も見てきました。

 ピッチャーの大半が「バッティングは楽しい」と言います。その一方「バントは嫌い」と本音を明かす選手もいますが……。

 皆さんが想像する以上に、セ・リーグのピッチャーは「打撃成績」を気にしていました。中日ドラゴンズのレジェンド・山本昌さん(61)は、ずっと「ホームランを打ちたい」と言っていました。プロ初ホームランが出ないまま、甲子園のラッキーゾーンがなくなり、広い球場が増えていく中「球場があちこち広くなるから昌さんのホームラン、難しいですね」と意地悪な質問をしたことがありますが、それでも、

「そうなんだよ……。でも1本でいいから打っておきたい」

 と、こだわりを見せていました。結局、ホームランを打たないまま引退されましたが、打てなかったことは心残りだと今でもおっしゃいます。引退後も、元ピッチャー同士の会話で、ホームランを打った人がそうでない人に「だって俺はホームラン打ってるからな」と、冗談半分にマウントを取る場面もよく見かけます。

 もちろん、ピッチャーの本職は打撃ではありませんが、「プロ野球でホームランを打った」ことは、一野球人としての勲章なのでしょう。

 かつて日本では、パ・リーグの球団に入って初めてDH制で打席に立たなくなっていたピッチャーですが、前述のように高校野球や大学野球からDH制でプレーする選手が増えてくるとピッチャーの意識も変わっていくのでしょう。とはいえ、セ・リーグでもDH制が導入されることで、セ・リーグの野球がどのように変わっていくのか楽しみでもあります。

 いずれにせよ、一つの時代が終わろうとしていることだけは確かです。

村上和宏(むらかみ・かずひろ)
フリーアナウンサー。1967年、広島県出身。専修大学法学部卒業後、91年に東海ラジオ放送入社。制作局アナウンサーとして、主にスポーツ実況を担当。2025年の退社まで、プロ野球をメインに多くの番組制作に携わった。現在、バンテリンドームナゴヤのDAZNドラゴンズ戦実況、「プロ野球ニュース」(フジテレビONE)などに出演中。

デイリー新潮編集部

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