名古屋場所「2日連続金星」で大ブレイク「藤ノ川」 幕内最軽量21歳が魅せる「気合相撲」は“父の教え”あってこそ【令和の名力士たち】

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伊勢ノ海部屋伝統の四股名を継ぐ

 十両を4場所で通過して、25年名古屋場所では、幕内に昇進。このタイミングで「若碇」から「藤ノ川(6代目)」に改名した。

 当初、若碇は、出世したら、父親の「大碇」の四股名を継ぎたいと考えていた。ところが、先代・伊勢ノ海親方(元関脇・4代目藤ノ川)からの提案は、伊勢ノ海部屋伝統の四股名、「藤ノ川」を継いでもらいたいというものだった。

 4代目藤ノ川は、20歳で幕内に昇進。178センチ、108キロの細身の体でしぶとい相撲を取り、「今牛若丸」と呼ばれて人気を集めたのだが、ケガのため26歳という若さで引退。その後、長く親方業をしていた。

 また、5代目藤ノ川は、同志社大相撲部から鳴り物入りで伊勢ノ海部屋に入門、本名の「服部祐兒」から「ハットリくん」と呼ばれて、幕内までスピード出世したものの、腰痛が原因となり20代で引退。その後は大学教授などを務めていたのだが、藤ノ川が改名を公表する数週間前の6月6日、64歳でこの世を去っていた。

 そんな出来事も起因になったのだろう。先代親方は、

「自分が生きているうちに、藤ノ川を継いでもらいたい」

 と、若碇に期待をかけたのだ。

 もちろん、若碇に断る意志はなかった。こうして、オールドファンには懐かしい「藤ノ川」の四股名が久しぶりに、幕内の土俵に帰ってきた。

魂がほとばしる「気合相撲」

 細長く筋肉質だった4代目、190センチを越える長身からたまに小手投げなどの技を見せた5代目、そして、小兵で筋肉質な6代目とおのおのタイプは違うものの、若碇が「藤ノ川」を名乗って1年。ついに、6代目がブレイクした。

 2026年名古屋場所では、こんな相撲もあった。

 埼玉栄高相撲部の先輩、192センチ、185キロと大柄な小結・王鵬に対して、真っ向から吊り技を見せて、しのがれても、しのがれても、果敢に攻め立てる相撲に、館内から驚きの声が上がった。そして、最後はすくい投げで藤ノ川の勝利。

「(王鵬関は)重かったです。思い切り当たっていったら、(2本)入ったので……」

 と、足腰の強さを披露した。

 この名古屋場所では8勝と勝ち越して、殊勲賞を受賞した。8月の夏巡業中では、精力的に稽古していた姿が印象的だった。

「来場所、三役に上がれますかねぇ? 目標としては、今年中に三役に上がりたいと思っていたので、上がれたら本当にうれしいですね」

 と、語っていた藤ノ川。

 好きな言葉は「気合」。魂がほとばしる「気合相撲」で、秋場所も暴れ回ってほしい。

藤ノ川成剛(ふじのかわ・せいごう)
本名、齋藤成剛。2005年2月22日、京都市出身。埼玉栄高から、23年初場所、初土俵。24年九州場所、新十両昇進。25年名古屋場所、新入幕。父は甲山親方(元幕内・大碇)、次弟は幕下・碇潟。177センチ、123キロ。殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞1回。伊勢ノ海部屋所属。

武田葉月
ノンフィクションライター。山形県山形市出身、清泉女子大学文学部卒業。出版社勤務を経て、現職へ。大相撲、アマチュア相撲、世界相撲など、おもに相撲の世界を中心に取材、執筆中。著書に、『横綱』『ドルジ 横綱朝青龍の素顔』(以上、講談社)、『インタビュー ザ・大関』『寺尾常史』『大相撲 想い出の名力士』(以上、双葉社)などがある。

デイリー新潮編集部

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