僕らを捨てて若い秘書と逃避行した母が、フラれてあっさり戻って来た…それでも父は「ここにいればいい」 「女性の不気味さ」を知った40歳夫が選んだ“交際ゼロ日婚”
秘書と逃避行した母
母と違って地味な存在だったが、父は実直で心のきれいな人だったと浩樹さんは言う。彼が高校を卒業して大学に進学するころ、両親は離婚した。父は自宅に残り、母は出ていったのだが、その後、塾を手放して若い秘書と逃避行したという。
「笑っちゃいますよね。でも僕が小さいころを思い出しても、母は誘蛾灯みたいな人だった。きれいというより華のある人なんですよ。何でも引きつけちゃうんです。そんな母のそばにいる父は案外、楽しそうだったという印象がある。実際、当然というか何と言うか母は1年後には若い秘書に振られて戻ってきたんです。父は『行くところがなければ、ここにいればいい』と言ったんですって」
その話を、浩樹さんはのちに母から聞いたそうだ。彼は大学入学と同時に家を離れたので、父はひとりで寂しいから母を受け入れたのだろうと思っていた。それでも「おとうさんはあんなおかあさんを許せるのかよ」と怒りをぶつけたことはあった。
「だけど夫婦のことは夫婦にしかわからない。大学生の僕もそれ以上、両親のことに口出しはしなかったし、一緒に住んでいないのをいいことにほとんど帰らなくなりました」
再びの実家「おとうさんは、あなたたちに殺されたようなもの」
再び実家と接点を持ったのは、ちょうど就職活動真っ盛りのころだった。まだ50代だった父が出勤途中の駅のホームで倒れ、そのまま帰らぬ人となった。報せを受けて実家に戻ると、小さな女の子を連れた姉がいた。
「姉は未婚のまま母親になっていて、母は離婚した夫の自宅にいて、急死した父は搬送された病院から戻ってきたところでした。なんともシュールな雰囲気というか。3人で顔を見合わせたとき、誰からともなく『なんだこれ』という言葉が出て、『ふふっ』と不穏な笑いが洩れていた。父を思うと怒って当然なんだけど、怒る気力もありませんでした。『おとうさんは、あなたたちに殺されたようなものかもね』と嫌味を言うと、母も姉もシュンとしていました。その姿を見て、自覚がないわけではないんだなと思いましたが」
今もそのときのことを思い出すと苦い笑いがこみあげてくると浩樹さんは言った。壊れた家族は、浩樹さん言うところの「いちばんまっとうな」父の死をきっかけに、なんとなくまとまるようになったそうだ。
「あの時点で、女性の不気味さというか女性のわけわからなさみたいなものを、僕は心にたたき込んだはずだったんですけどね……」
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