「なぜあなたも私も“バカ”であることに気づけないのか」という身もフタもない真実 炎上しても平気な人が存在する理由とは何か

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ネットで無敵な人

 ネットでの炎上にはいくつかタイプがある。もともと対立が存在する分野での発信は炎上のもとになりやすい。今で言えば、高市首相への評価が典型だろう。首相を評価する人とそうでない人は、靖国参拝見送りの評価一つとっても大きく異なる。

 不用意な表現も炎上のもとになりやすいのは言うまでもない。ここで具体例を出すのは控えるが、不適切な例え、用語などがこれにあたる。

 無知ゆえの炎上もよく見られる現象だ。基本的な事実すら押さえていない、グラフの見方が間違っている等々。SNS上でこうした発信にはすぐにツッコミが入るし、時にはコミュニティノートが作られることもある。

 ところが不思議なくらい、こうした批判をされてもビクともしない人がいる。客観的に見て、おかしいと思われる主張をしており、それに真っ当な指摘が来ても、「私はこう思うので」の一点張り。この種の発信を繰り返す人もいる。

 こうした人の行動原理については、インプレッション(表示回数)稼ぎだという見方があるだろう。炎上だろうが、何だろうが話題になった者勝ちという戦略ゆえということだ。

 一方で、よりシンプルな解釈も可能だ。それは、何を指摘、批判されているのか理解できていない、というものだ。しょせんは言葉のやり取りでしかないネット空間において、ある意味では無敵のスタンスとも言える。

 こういう人は決して珍しい存在ではない。

 作家の橘玲氏は、著書『バカと無知―人間、この不都合な生きもの―』の中で、シンプルな真実を説いている。

「私もあなたもバカはバカであることに気づいていない」

 これは決して橘氏個人の独断ではない。同書で紹介されているのは、アメリカの心理学者によって実際に行われた実験をもとにした知見だ。ダニング=クルーガー効果として知られる「発見」について、同書をもとにご紹介しよう。(以下、「」内は同書から引用し、一部を再構成した)

顔にジュースをつけたら透明人間になれる

 きっかけになったのは、1995年、アメリカで起きた強盗事件。犯人の男は変装もせずに二つの銀行に押し入った。監視カメラにバッチリ映っていたので、すぐに男は逮捕された。

「警察でビデオテープを見せられた男は、『だって俺はジュースをつけていたのに』とつぶやいた。男は、顔にレモン汁を塗ると監視カメラに映らなくなると思っていたのだ。このバカバカしい話は、その後、『バカとはなにか?』という認知心理学のブレイクスルー(突破口)へとつながっていく」

 心理学者のデビッド・ダニングはこのニュースを知って、博士課程のジャスティン・クルーガーとともに、コーネル大学の学生を使って一連の実験を行う。ここで得た発見はのちに「ダニング=クルーガー効果」として広く知られるようになる。

 彼らの関心は、「能力の低い者は、自分の能力が低いことを正しく認識できているのか」というものだった。

 実験は学生を対象にさまざまなテストとそれに関する自己評価を調べるというもの。

 たとえばあるテスト(論理的推論能力)を行い、自分の点数を予想させてみた。興味深いのは、その結果だ。

「下位4分の1の学生は、実際の平均スコアが12点だったにもかかわらず、自分たちの能力は68点だと思っていた。一方、上位4分の1の学生は、実際の平均スコアが86点にもかかわらず、自分たちの能力は74点しかないと思っていたのだ。

 能力の低い学生が自分を470%(5倍以上)過大評価しているのに対し、能力の高い学生は14%過小評価していた。その結果、テストの成績では12点と86点という大きな差があるにもかかわらず、下位と上位の学生たちの自己評価は68点と74点でほとんど同じになってしまったのだ」

自分の能力が低いことを認識できないのか

 この結果についてダニングとクルーガーは、「能力の低い者は、そもそも自分が能力が低いことを正しく認知できていないのではないか」と考えた。

 ダニングとクルーガーは、シンプルかつ強力な結論を導いた。これがダニング=クルーガー効果とされる発見だ。それを簡潔に表現するなら能力の低い者ほど自己認識が甘くなるという表現になるかもしれない。

 この結論に大いに同意する方は多いだろう。が、橘氏は次のように諫めている。

「ダニング=クルーガー効果では、バカは原理的に自分がバカだと知ることはできない。私も、そしてあなたも」

 橘氏が『バカと無知』をはじめとする著書で紹介している数々の「真理」は、新聞やテレビで扱われる機会は少ない。海外では研究対象となっている多くのテーマであっても、タブー視されることが多いからだ。

 新潮QUEにて配信中の関連記事【リベラルな社会が覆い隠してきたメリトクラシーという壮大な虚構】では、橘氏は知能など能力が格差を生むという「不都合な真実」を指摘したうえで、きれいごと抜きの「新しいリベラル」の必要性を語っている。

デイリー新潮編集部

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