あなたの心に潜む偏見について、計測できるIAT(潜在連合テスト)とは?

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はっきりとしたステレオタイプが出たのが

 無意識のバイアスを調べるIAT(Implicit Association Test/潜在連合テスト)というものがある。脳は「赤」と「夕日」のように同じカテゴリーのものを、「赤」と「海」のような別のカテゴリーより速く結びつける。これを利用して、人種やジェンダーなどに対してどのようなステレオタイプを持っているかを調べるのだ。作家の橘玲氏はこのIATを受けた経験を最新刊『バカと無知―人間、この不都合な生きもの―』(新潮新書)で明らかにしたうえで、偏見について考えをめぐらせる。以下、同書から抜粋して一部を紹介する。

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 ジェンダーIATでは、「女は数学が苦手」「男の方が優秀」のようなバイアスを調べる。実際にやってみたところ、私にはこうしたステレオタイプはなかった。これはべつに自慢ではなく、私は長く出版業界にいたが、この業界では「女の方が男より優秀」ということはいくらでもある。仕事に関しては(「すべて」とはいわない)、女性に偏見を持つ理由はない。

 それに対して、はっきりとしたステレオタイプが出たのが人種IATで、黒人よりも白人を選好しているという結果が出た。

けっして一人で街を歩いてはいけない

 これについては、テストを受ける前から、たぶんそうなるのではとの予感があった。それだけ、かつて滞在したことのある南アフリカでの体験が強烈だったのだ。

 その主要都市・ヨハネスブルグに行ったことがあればわかるだろうが、この街では、旅行者はホテルを一歩出ると、ずっと緊張していなければならない。

 親しくなったアフリカーナー(初期に入植したオランダ系白人の子孫)のガイドは、南アフリカがいかに素晴らしいところかをずっと語っていたが、最後になって、つい最近、若い黒人2人組に銃を突きつけられて殴打され、財布と携帯電話を奪われたことを教えてくれた。そして、「どんなことがあってもけっして一人で街を歩いてはいけない」と何度も念を押された。

 すべての生き物にとって、生存は(生殖とともに)もっとも重要なのだから、脳はごく自然に、「白人=安全」「黒人=危険」という連合を学習する。IATはこうした連合(カテゴリー分け)を計測するから、それがそのまま結果に表われるのだ。

悲惨な気持ちになりました

 これは、「自分は人種主義者(レイシスト)ではない」という言い訳でない。人種IATでは、黒人でも(白人より低いものの)かなりの確率で「黒人=危険」のステレオタイプを持つことがわかっている

『ティッピング・ポイント』や『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』などのベストセラーがあるマルコム・グラッドウェルは、テレビのインタビューで、人種IATを受けた経験をこう語っている。

「僕の母はジャマイカ人なのですが……僕が人生で誰よりも愛している人が黒人であり、今受けた(IAT)テストで、率直に言って、自分は黒人のことをそれほど好きではないという結果が出たんですよ。そのため、僕はみんなと同じことをしました。つまり、もう一度テストを受けてみたんです! もしかしたら何かの間違いだったかもしれないと思って。しかし結果は同じでした。再度受け直し、また同じ結果でした。それを見て僕はゾッとし、気が滅入り、悲惨な気持ちになりました」

反同性愛差別の女性活動家のステレオタイプ

 しかしこれは、グラッドウェルが「レイシスト」だということではもちろんない。南アフリカほどではないものの、アメリカでも黒人の犯罪率は白人よりずっと高い。そのような社会で暮らしていると、無意識に「白人=安全」「黒人=危険」という連合ができてしまうのだ。

 反同性愛差別の女性活動家が、IATで同性愛者へのステレオタイプが出たのも同じだ。これを「同性愛者への内なる差別意識を抑圧するために、差別と戦う活動家になった」とフロイト的に解釈する必要はない。彼女は日々の活動のなかで、ネットでの誹謗中傷など同性愛者に対するさまざまな差別に触れていて、その結果、自分の意識とはまったく独立に、同性愛者へのネガティブな連合が形成されてしまったのだろう。

 だがこれは、IATが無意味だということではない。白人至上主義者は、明らかに黒人に対してネガティブな連合を持っている。だがそうでなくても、一定の条件下でこうした連合がつくられる可能性がある。脳は、「リベラル」の原則に従って進化してきたわけではない。問題は、両者を見分ける方法がないことだ。

誰一人として偏見から自由ではない

 いったんこうした連合がつくられてしまえば、脳は自動的に反応する。「それは(差別とはいわないとしても)偏見ではないのか」と批判されれば返す言葉はない。とはいえ、「正義」の名の下に他人に石を投げるのであれば、まずは自分がIATを受けてみるべきだと思うが。

 IATが明らかにしたのは、わたしたちは誰一人としてステレオタイプ(偏見)から自由ではないということだ。脳はもともと、世界をカテゴリー化して理解するようにつくられている。だからこそ、ちょっとしたきっかけでネガティブな連合を形成し、さらにやっかいなことに、そうした連合を(生存や生殖に)有利だとして長く保持してしまうのだ。

 私はこれまで、黒人との間でネガティブな体験をしたことは一度もない。高校生の頃からずっと、ジャズやレゲエの黒人ミュージシャンに憧れていた。それにもかかわらず、南アフリカから帰ってきてずいぶんたつのに、日本ではなんの意味もない人種ステレオタイプを抱えているのはかなり居心地が悪い。

 クモ恐怖症などの神経症は脳の不都合な連合で、行動療法(脱感作療法)で消去できることがわかっている。機会があれば、このステレオタイプも消してもらえないかと思っている。

『バカと無知―人間、この不都合な生きもの―』より一部を抜粋して構成。

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【IAT(Implicit Association Test/潜在連合テスト)のリンク】
https://implicit.harvard.edu/implicit/japan/takeatest.html

橘 玲(たちばな・あきら)
1959年生まれ。作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部超のベストセラーに。『永遠の旅行者』は第19回山本周五郎賞候補となり、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞を受賞。

デイリー新潮編集部