21人死傷の磐越道バス事故、傷痕は今も 運転手は前夜に「よちよち歩き」「ズボンがずり下がって下着が…」との目撃談
「ボンネットがひしゃげた車が」
会社側は、若山容疑者の持病や事故歴などを「把握していない」と説明。事故後に入院していた若山容疑者も、民放の取材に「(これまで事故は)起こしたことがない」などと語っていたのだが、まったくの虚偽だった。
「若山は、この数カ月の間に複数の交通事故を起こしています。直近の5月1日をはじめ、物損事故ばかりで大事には至りませんでしたが……」
そう明かすのは、さる交通関係者である。実際に、新潟・胎内市にある若山容疑者の自宅の近隣住民が言うには、
「若山さんの家の隣が医院の駐車場になっているのですが、ここにGWのある日、ボンネットがひしゃげた車が置かれていました。車はその後、若山さん宅の敷地に移されていたのです」
これと前後して若山容疑者は、周囲に「免許を返納したい」などと心境を吐露していたという。
「居眠りしているのではと疑うぐらい、ひやひやする場面も」
青森県出身の若山容疑者は、学生時代は早稲田大学の競走部に所属し、円盤投げの選手として活躍した。教員免許も取得し、新潟市の東京学館新潟高校や胎内市の開志国際高校で指導をしていた。
もっとも、開志国際高で教えを受けた男性が明かすには、
「逮捕されても不思議ではないと思いました。私も監督の運転するマイクロバスで試合や合宿に行ったことがありますが、当時から運転が危なっかしかった。まさか居眠りしているのではと疑うぐらい、ひやひやする場面もありました」
陸上関係者もいう。
「もともと若山さんは、新潟市内に一軒家を新築し、家族と住んでいました。その後は胎内市内の開志国際高の寮に住み込み、退職前に現在の住まいに移ったと聞いています」
妻とはその間に離婚したといい、22年度からは胎内市の会計年度任用職員として3年間勤務。時給1100円ほどで月に数回、農協のイベントなどの際にマイクロバスの運転を担ってきた。現在の住み処(すみか)は、土蔵が併設されている民家である。
「数年前に越してきた時から一人暮らしでした。最近はうつろな感じで、あいさつしても何の反応もなかった。いつも猫背で両手を垂らしながら、たどたどしく小幅で歩く。傘やスキーのストックなんかをつえ代わりにしていました」
とは、別の近隣住民。
「回覧板を回してもあの家で止まってしまうから、みんな困っていて、時には若山さんを飛ばすこともありました。家の中は散らかり放題で庭の草も伸びっ放し。手入れなんか全くできていなかった。それでも、よく車で買い物に出かけていたから、あんな状態で運転なんかできるのかと思っていたのです」(同)
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