終戦81年目の夏に明かされた「火垂るの墓」創作秘話――アニメ界の巨人「高畑勲」の自宅で発見された“幻の脚本”に迫る

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「ぼくは『火垂るの墓』を全然完成しないで封切った」

「火垂るの墓」は完成が大幅に遅れた。そのため、製作会社である新潮社社員向けの試写会が開かれないまま、劇場公開となった。当時、劇場へ観に行ったという新潮社OB氏(68歳)の話。

「製作委員会の人たちが、たいへんな苦労をしている様子を社内でずっと見聞きしてきました。そこで、公開初日の1988年4月16日(土)に、いまはなき池袋東宝劇場へ観に行きました。夜の回でしたが、ほぼ満席でした。『となりのトトロ』(宮崎駿監督)との2本立てで、先に『トトロ』を観て、たしか『火垂る』が最終回だったと思います。『トトロ』では客席は大笑いだったのに、『火垂る』では完全沈黙で、ラストではすすり泣きが聴こえました」

 ところが終映後、ロビーでアニメーション・オタクらしき若者が、こう言っているのが聞こえたという――「色がついていない部分があったな」。OB氏は「ああ、あの場面のことか」と、すぐに思い当たった。

「清太が畑に泥棒に忍び込むと、農夫に発見され、押さえつけられるシーンが、“線画”のみで、色がついていなかったんです。ほんの数秒だったと思うのですが、前後とのちがいに、ちょっとびっくりしたのを覚えています。ただ、この映画は悲しいシーンが多いので、ここはリアルを避けてわざと色をつけずにぼやかした、一種の“演出”だとばかり思っていました。ほかにも、いくつか、“線画”のみのシーンがあったと思います」

 もちろん、これらのシーンは演出ではなく、色がついていなかったのだ。本書中でも、高畑監督の「ぼくは火垂るの墓を全然完成しないで封切った」との言葉が紹介されている。

〈新潮社で製作委員会プロデューサーを務めた村瀬拓男さんによれば、1988年4月16日の封切り時、東宝系で上映された約130本のプリント(上映用フィルム)は、すべて無着色の線画部分を含む状態だった。(略)通常、こうした上映用フィルムは契約期間の終了とともにすべて廃棄されるのが業界の通例であるため、公開当時の状態をとどめる現物フィルムは、完全に失われたものと考えられてきた。〉(本書より)

 ところが、昨年のETV特集の放映後、この、初公開時のプリントが残っていることが判明した。著者は、昨年9月、この“線画プリント”版(デジタル化)を、ついに観ることになる。全部で3つあった“線画”シーンとは、どこなのか。

 高畑監督は、この“線画”のシーンと、遺作となった「かぐや姫の物語」(2013年)との、ある“共通性”について述べている。このあたりは、アニメーション・ファンには興味あふれる記述だろう。

 ちなみに、全編に色がついたヴァージョンは、同年夏、一部劇場での再上映で公開された。もちろん現在は、この版で配信されている。

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