節子の骨の音は「フライドチキンの骨」で再現されていた――映画「火垂るの墓」、高畑勲監督のリアルへのこだわりを制作スタッフが明かす
今年も映画「火垂るの墓」が帰ってくる。14歳の少年・清太と4歳の妹・節子が生きる姿を描いた高畑勲監督の名作アニメーションが、7月15日からふたたびNetflixで国内配信されることが発表された。世界各国向けにも配信が続いており、「二度と観たくない傑作」として反響を呼び続けている。
「火垂る」は日本人なら誰もが知っていると言えるかもしれない。だが、高畑監督が率いた当時の制作現場については、まだ知られていないことがある。映画がどのように誕生したかを丹念に取材したドキュメント『高畑勲と「火垂るの墓」 「幻の脚本」と「7冊の構想ノート」を読み解く』(寺越陽子著)から、高畑監督がいかにリアルを追求したか、制作スタッフの秘話を紹介する。
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実物の焼夷弾を買ってきた
〔ポケットモンスター〕シリーズや〔妖怪ウォッチ〕シリーズなど数多くの作品の監督を務めるアニメーション演出家の須藤典彦さんは、27歳のとき演出助手として「火垂るの墓」の制作に参加した。
アニメーション映画の演出助手は、具体的にどんなことをするのか。
「物理的な作業でいうと、監督の高畑さんが上がってきた原画をチェックしたあとに、ぼくがそれをさらに仕分けする形ですね。当時はセルっていう素材で、背景も今みたいにデジタルではなく紙だったので、この部分はどういう素材分けをする必要があるのかとか。それによって、どのパートにどう発注をするべきなのか、そういうことを全部仕分けして確認しつつ、各パートに回して最終的に上がってきたものを、抜け落ちがないかとか、何かミスがないかとかを全部最終チェックした上で最後の工程の撮影に入れるっていうのがぼくの仕事でした。
あと、やっぱり時代考証はすごく念入りにやりました。ほかの作業を進めながら、高畑さんから、これを調べてきてくれあれを調べてきてくれっていう、そういうのはもう日常的にしょっちゅうだったので。今みたいにインターネットがない時代ですから、そこは自分なりに何か工夫して、図書館に行ったり人を探したりとかをとにかくやっていましたね」
時代考証をするなかで、こんな出来事もあったという。
「お昼を食べに吉祥寺の駅の近くまで行って、その帰り道に、近くにお寺があるのかな、そこの境内で蚤の市っていうか、フリーマーケットをやってたんですよ。何気なく通りすがりに見てたら、その中に焼夷弾の筒を売ってるところがあった。
レプリカかなと思ってこれ本物ですかって聞いたら、本物だって言うんですよね。焼夷弾って結局、中に発火するオイルみたいなものを入れて落とすだけで、それ自体は別に爆発するとかっていうものではなくて火をまき散らすだけのものなので。上空から落とすから、大概のものはもし残っていてもひしゃげてたりするんですけど、多分どこかに引っ掛かったのか分からないですけど、それはほとんどきれいな状態で。中はもちろん空っぽなんですけども。それが売られていたので、何かすごい巡り合わせだなと思って。
じゃあ買いますって言って。そんなに高くなかったんですよ。2000円ぐらいだったかな。買ってスタジオに持って帰ったら、みんなエーッと驚いたのは覚えてますけどね」
実物の焼夷弾の筒を見せたとき、高畑さんはどんな反応だったのだろうか。
「そんなに大きく驚くっていうより、こういうのも売ってるんですね、みたいなリアクションだったのを、何となく覚えてますけどね。結局、その焼夷弾は映画の音響効果さんに貸して、実際にそれを地面にぶつけて、焼夷弾が落ちる時の効果音をつくっていたはずなんですよね」
「高畑さんの演出の仕方って、まずリアルはどうなんだろうっていう、事前の調査を徹底的にやるんです。それこそ本が出せるぐらいの事前の調査をスタッフにも強いますし、自分たちでまずは事実を把握するんですね」
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音響効果を担当した伊藤道廣さんは、この焼夷弾の筒を使って「空襲の音」を作ったことを記憶していた。伊藤さんが語る。
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苦労続きだった空襲シーン
「音響効果の仕事とは、音楽とセリフ以外の全ての音、風の音、足音、波音、街の雑踏、ポヨーンとひらめくマンガ音、宇宙船の音などを絵に合わせて付ける仕事です」
アニメーション映画の音響効果のスタッフは、まず絵コンテや脚本を見て、その後監督(演出)と打ち合わせをしてひとつの絵に対してここにどんな音が必要なのかを話し合い、想像をめぐらして試行錯誤する。そして多様なものをつかって、おびただしい数の「音」の素材をつくり出していく。
1988年に公開された「火垂るの墓」制作当時に39歳だった伊藤さんは、戦争を知らない。特に空襲シーンの音には苦労したという。
「難しかったのは、焼夷弾がひゅーひゅーと空から落ちてくる音です。本当はどういう音なのか? 想像はできるのですが、同じく音響効果担当の大平紀義さんもぼくもよく分からない。それで戦争体験のある人にどういう音でしたかと聞いてみました。ヒューフウフウフウとかヒューザザザとかっていうように口で言ってもらい、それを音に置き換えてつくってみました。
それと、高畑さんの演出の助手の須藤さんっていう方が、どっかから本物の焼夷弾の筒を探してきてくださって。中は空なんですけど、その中に水・粘土・布を詰めて、油が入った焼夷弾に見立てて転がしたり、瓦とか地面にぶっつけて音を出しました」
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そして伊藤さんは、作中の印象的なシーンについても秘話も明かしてくれた。
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「冒頭で駅員さんがサクマ式ドロップスの缶を草むらに投げるんですけど、その時に下にバウンドしてカランコロンって鳴って節子の骨が出てくる。あれは、フライドチキンの骨をカラカラに乾かして、それをドロップスの缶の中に入れて音が響くようにしました」
一度見たら強烈に記憶に残ってしまう名作。その理由の一つは高畑監督と制作スタッフが事前調査を重ね、調べきれなくともありったけのリアリティを込めて制作したからに違いない。
※本記事は、『高畑勲と「火垂るの墓」 「幻の脚本」と「7冊の構想ノート」を読み解く』(寺越陽子著)の一部を再編集して作成したものです。











