「どこへ投げてんだ!」「それくらい避けろ!」 警察沙汰にまで発展した“昭和の乱闘”…死球増でもケンカにならない令和との違い
シーズンオフになるとプロ野球「珍プレー・好プレー」が話題になりますが、プレーと同じくらい注目度が高いのが「乱闘」。鍛え上げられた選手たちがグラウンドで展開するだけにその迫力たるや……しかし令和の今、乱闘を取り巻く環境も大きく変わっているようです。東海ラジオで35年間、プロ野球実況を担当した村上和宏さんが解説します。
【写真特集】プロ野球監督別リーグ優勝回数ランキングベスト10(1990年~2024年)
「当ててこい!」
「昨日の常識は今日の非常識」と言われるほど、時代の変化によってかつての様々な「当たり前」が現代では否定されたり、姿を消したりしています。
令和のプロ野球界で、すっかり見なくなったのが「乱闘」です。
7月17~19日の広島東洋カープVS阪神タイガース戦でデッドボールが相次ぎ、両軍ベンチから監督・選手が出てくる場面がありましたが、乱闘までは発展しませんでした。
しかし、昭和の時代は言うに及ばず、平成になってからも年に何度かは乱闘が起きていたものです。そのきっかけは、ほとんどがデッドボールをめぐるものでしたが、ラフプレーをめぐって、時にはベンチからのヤジに激高して乱闘に発展することもありました。
今の若い方には信じられない話だと思いますが、1990年代までは「デッドボールに対する報復」が実際に行われていたほどです。
昭和時代のプロ野球選手が移動する映像を見ると、おそろいのジャケットを着て、中にはパンチパーマを当てたりサングラスをかけたり……。およそ今の感覚では「一体なんの団体なのだろう」と言いたくなるようないでたちです。
主力選手でも、試合後に豪快に夜の街を飲み歩く人は多く、中には天気予報を見て「明日の試合は雨で中止だ」と朝まで飲んでいて、お店を出たら太陽が燦燦と輝いていてズッこけた、という笑い話まで残っています。今で言うところのいわゆる「やんちゃ」な選手が多かっただけでなく、令和に比べると、はるかに血の気の多い集団でした。
デッドボールを当てられた選手が「どこへ投げてんだ!」と怒鳴るのは日常茶飯事。対するピッチャーにも「それくらい避けろ!」と平然と言い返すつわものが少なくありませんでした。
こうなると「なにを! この野郎!」とお互いに接近。たいていの場合、主審が止めに入りますが、すぐに両ベンチから選手とコーチがグラウンドになだれ込み、そのまま乱闘に発展するという光景が繰り広げられます。
当てられたチームのピッチャーが、相手チームのバッターにデッドボールを当てると「わざとぶつけたな!」ということになって乱闘――ということもありました。いわゆる「報復死球」というものです。
中日ドラゴンズで2度にわたって指揮を執った星野仙一さんが、自軍の選手がデッドボールを当てられると、そのイニングのあとマウンドへ向かうピッチャーに「当ててこい!」と指示していたのは有名な話です。
鹿島忠(64)さんもその指示を受けた一人で、「当てなかったら、こっちが罰金取られるからな。もう無茶苦茶だよ」と笑いながらエピソードを語ってくれましたが、嘘のような本当の話です。
[1/2ページ]


