甲子園で刻んだ忘れられない一戦 日本ハム・北山亘基、ヤクルト・山野太一、巨人・浦田俊輔の熱戦譜
野球人生の不思議な因縁
2016年夏には、オールスターファン投票でセ・リーグ先発投手部門のトップ選出を果たしたヤクルトの左腕・山野太一が、高川学園のエースとして甲子園のマウンドを踏んでいる。
1回戦の相手は、大会ナンバーワン左腕・寺島成輝(元ヤクルト)を擁する優勝候補の履正社。初回のピンチを無失点で切り抜けた山野だったが、2回、「ストライクを取りにいこうと思って」力み、球が上ずったところを狙い打たれ、5本の長短打で一挙4点を失う。
3回からは「腕を振ること」を心掛け、立ち直った。身長183センチの寺島に対し、171センチの山野は最速142キロをマーク。8回までの6イニングを、安田尚憲(現・ロッテ)の適時二塁打による1失点に抑え、最速150キロ左腕とほぼ互角に投げ合った。
寺島の前に5回まで無安打に抑えられていた打線は、6回に2安打と敵失で1点を返したが、反撃はここまで。2安打、11奪三振と力の差を思い知らされ、1対5で初戦敗退となった。
試合後、山野は「一番いいピッチングができたと思います」と胸を張った。
その後、プロでは両者の立場が逆転する。
同年のドラフトでヤクルトから1位指名された寺島は、実働6年で通算1勝1敗3ホールド。大きく花開くことなく、現役生活を終えた。
一方、寺島より4年遅れて2021年のドラフト2位でヤクルトに入団した山野は、今季前半だけで8勝を挙げ、新エースの座をつかんだ。
甲子園で投げ合った2人の歩みは、野球人生の不思議な因縁を感じさせる。
飛躍の原点として
山野の5学年後輩にあたる阪神のドラフト1位ルーキー・立石正広も、2021年夏に高川学園の4番・三塁手として甲子園に出場。1回戦の小松大谷戦では、バックスクリーンへ特大の2ランを放ち、大物の片鱗を見せつけている。
プロ2年目ながらセ・リーグ新人王の有力候補として注目される巨人・浦田俊輔は、長崎海星2年時の2019年夏、8番・遊撃手で甲子園に出場した。
同年の長崎大会でも、チームの5年ぶりとなる甲子園出場を語るうえで欠かすことのできない、でっかい仕事をやってのけている。
2回戦の小浜戦。海星は初回に2番・大串祐貴のソロで先制したが、その裏に2点を失った。3回に追いついた後は両チームとも得点を奪えず、7回を終えて2対2と、がっぷり四つの展開が続いた。
そんな重苦しいムードを吹き払ったのが、浦田のバットだった。8回に値千金の決勝ソロを放ち、4対2の勝利に貢献。ノーシードのチームを頂点へ導く大きなきっかけをつくった。
海星は甲子園でも、初戦となった2回戦の聖光学院戦で3対2の勝利。浦田は9回に甲子園初安打を記録し、「緊張することなく、接戦を楽しめた。ベンチワークが良くて、一人一人が声を出していた。安打も出て、うれしかった」(8月14日付長崎新聞)とコメントしている。
3回戦の八戸学院光星戦では、2度にわたって併殺プレーに絡むなど好守でチームを盛り立てたが、試合は6対7のサヨナラ負け。ベスト8入りを目前にして姿を消した。
3年時はコロナ禍の影響で大会が中止され、これが最後の甲子園となった。浦田自身は巨人からドラフト2位指名を受けた直後、「海星中学高校に来ていなければ、今の自分はないと思います」と語り、プロ入りの原点となったことを明言している。
今大会に出場した選手たちの中にも、数年後、プロの世界で脚光を浴びる者が現れるだろう。そのとき、今夏の一打、一球、一つのプレーが、飛躍の原点としてあらためて振り返られるはずだ。
北山、山野、立石、浦田がそうだったように、甲子園で刻まれた熱戦の記憶は、“聖地”を去った後も選手たちの野球人生につながっていく。
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